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「豈」四四号  

  命をこえる風  平田栄一

陽はまだある町の小さな歯医者へ急ぐ

命をこえる命が薺に吹く風

春の 向うから来て夏へと抜ける一本道

猫も猫背できちんと座る朝の祈り

どこかで聞いたリズム夜風雨戸を叩く

夏の夜ぼそぼそ親子で解く宿題

桜散り初(そ)め予定欄次々埋まってゆく

入り日傾くほどに石蕗の葉の光り

照れば輝き曇れば悲しい聖母像

桜散ってすぐ白い花の下萌え

疲れ引きずったまま春に背中押される

猫は正しく猫背でひねもす主の膝

田植待つばかりの雨止んで蛙鳴く

別れ言わず別れる君の手の温もり

足元の花に気がつく小さな幸せ

滅多にしない話も出て週末の家族の形

終の別れか今し定刻に発つ列車

部屋片付いて余命いくばくという気分

先々考えまいとする仕事はかどる

かの人の行く末案じやがて本降りとなる




新刊紹介・平田栄一著

『心の琴線に触れるイエス』

――井上洋治神父の言葉に出会う(聖母の騎士社)

 故遠藤周作氏の畏友・井上洋治神父は一九八六年、「日本人の心の琴線にふれる〝イエスの顔〟をさがして、一人でも多くの日本の人たちに、イエスの福音のよろこびを知ってほしい」と願い、「風の家」をはじめました。

筆者はその六年前、一九八〇年に井上神父に出会い、以来ひとかたならずお世話を頂きながら、学んでいる者です。

端的にいえば、井上神父の「境地」とは、『ガラテヤの信徒への手紙』五章一六節による、「風に己れを 委せきって お生きなさい」を生き方のモットーとし、「南無アッバ」という短い一つの祈りを繰り返す――イエスとともに、アッバの風に己を委せきって生きる、まことに単純な境地です。

 本書は、日本人の感性に合ったキリスト教を求めつづけてきた井上洋治神父の言葉を、著者の体験を交えながら、わかりやすく解説した、はじめての井上神学案内です。
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