「南無アッバ」を生きる ホーム » ○雑記 »裁きが怖い!(質問)

裁きが怖い!(質問)  

答え:わたしはこう考えます。

「裁き」にしろ「地獄」「煉獄」・・・・にしろ、最後の一点があるということ、それは、イエスを信頼し、神様を「アッバ」(おとうちゃーん)という絶対信頼を決心しますか?
ということだと思います。

いろいろ怖い話が聖書に出てくるのは、書かれた当時の教会や社会が直面した状況に、イエス様の教えを適用した結果なのですね。
けっして一般論で書いてばかりいないです。

ですから、聖書読むときも、教会で話を聞くときも、まず、イエス様の根本の心=「神をアッバと呼ぶ絶対信頼の心」にいつも戻るようにしたいものです。

(http://mixi.jp/view_community.pl?id=16309への書き込みをコピーしまました。)
関連記事


category: ○雑記

thread: 宗教・信仰

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 2

コメント

信じるかどうか

最近、法然上人の『選択集』を読み直しているのですが、
最終的に往生の「障り」になるのは「疑情」だと、法然上人は仰っておられます。
キリスト教と、この点もとても共通しているなと思いました。

 往生は 世に易けれど 皆人の 誠の心 無くてこそせぬ 
(法然上人)

 (往生することは世にもた易いことであるのに、
 往生できない人は皆、誠の心がないから、しないのである)

いとー #- | URL
2007/08/26 23:06 | edit

ありがとうございます

いとーさん、おひさしぶりですね。
法然様のお歌、いつもながら考えさせられますね。

そのとおりだと思います。
イエス様のアッバへの思いも、まったく単純な一念なのではないかと思うのです。

余白 #oBO5MkqQ | URL
2007/08/27 06:03 | edit

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://yohaku5.blog6.fc2.com/tb.php/880-9e069fd5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

日本人にわかるキリスト教を求めて

南無アッバの集い&平田講座

求道詩歌誌「余白の風」

最後の南無アッバミサ

全記事表示リンク

リンク

検索フォーム

▲ Pagetop