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第4章 洗礼者ヨハネ教団からの離脱とガリラヤ宣教の開始  

●厳父からアッバへ

洗礼者ヨハネ教団と決別し、ガリラヤ地方での師独自の宣教を開始されてからの師の祈りが、・・・・野の花、空の一羽の鳥にさえ配慮をくばり、善人にも悪人にも雨をふらせてくださる母性原理の強い神に向けて、いつも「アッバ」という呼びかけでなされていたということは、疑う余地はない。(80-81頁)

ユダヤ教の血縁、民族主義の狭い枠を打ち破った洗礼者ヨハネに惹かれたイエスが、彼と決別する契機となったのが、「神殿殴り込み事件」(『マルコによる福音書』11:15-17)であったと、井上神父は考える。

その前提として井上神父は、『ヨハネによる福音書』の文脈に即して、この事件をまだイエスが洗礼者ヨハネ教団にいた頃の出来事と捉える。

その根拠として、①共観福音書の編集時の図式化の問題と、②事件の「洗礼者ヨハネによる権威づけ」の問題を置く。

たとえヤーウェの名においてさえ、不正に対して「聖戦」をいどむとき、けっきょくは罪のない庶民の涙がこぼされることになる、神はそういう裁きと罰を下す御方ではない、そういう思いがこの事件を通してイエスをユダヤ教との決別にかりたてていった、というのである。

この父性的神観から母性的神観への転換となる宗教体験が、「アッバ」(「パパ」、「おとうちゃん」の意の幼児語)という、それまでユダヤ人には思いも寄らぬ神への呼びかけとして、表明されるのである。

ここからガリラヤ宣教がはじまる。
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