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11 15歳の決断  


求道者の一生は、必ず一度や二度は、もし道をあやまればその人生を台なしにしてしまうような危機に直面する。

それは言ってみれば、越えなければならない高い山にも似た、前から迫ってくるような困難とは全く異質なもので、先の見えない深い霧のなかで足もとから地面がくずれおちていくような、どこへどう進んだらいいのかわからないような苦悩に満ちた絶望的な危機感であろうと思う。

そこでは己れの力にたよることをやめ、ただひたすら合掌する以外に手だてはないのではなかろうか。

(『法然』少年法然、求道の危機)

若干15歳の少年法然が、宗教的天才として将来を嘱望されながらも、叡山に身の置き所がなく、黒谷へと遁世していくときの苦悩を、井上神父はこのように推し測っている。

神父は聖書の読み方について、「学者」と「求道者」の向かう方向の違いを『福音書を読む旅』などでも語っているが、こと求道者については、<あれかこれか>の道の選択は必然である。

そこには、常に実存的な「決断状況」があり、賭けがある。
そしてその道程には、また必然的に「苦悩」や「絶望的な危機感」が伴なうだろう。

そのとき行き着くのは、南無の心、「ただひたすら合掌する」心なのだという。
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