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6 任せきることの意味  

イエスがいうように、人の命もまた目に見えない、対象化できないプネウマ(霊)によって生まれ、支えられている命であれば、己れにこだわってプネウマ(霊)の息吹きにさからってみても、そこには焦燥と不安と不和の人生しかうまれてはこないでしょう。
(『日本とイエスの顔』第五章 神の国・永遠の生命)
 
神父はこの章で、良寛の愛唱していた「裏を見せ 表を見せて 散る紅葉」を例に出し、紅葉が大自然の生命に己れを任せ切って散っていく様を、良寛の生涯と類比しています。

そして、右の文に続けて、「プネウマ(霊)の大きな流れに己れを任せきった、自然な自由なすがすがしい人の命にふれたとき、私たちはその命の奥に秘められたプネウマ(霊)の流れに気づくことができる」として、イエスの生き方を示唆しています。

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