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4 神はアッバなり  

イエスにとって神は何よりもアバ(父よ)と呼びうるかたでした。・・・・
そしてイエスにとってアバである神が、同じように私たちにとってもアバなのだということが、イエスが身をもって私たちに教えようとしたもっともたいせつなことの一つなのでした。

(『日本とイエスの顔』第四章 イエスの神・アバ(父よ))

井上神父は、ロシア(ギリシャ)正教などにヒントを得て、「神はこの絶対に対象とはなりえない何か、すなわち無においての己れをあらわすかた」なのだといい、さらに、その神は、イエスにとって、幼子が父親を、「アッバ」(お父ちゃん、パパ)と親しく呼ぶ、やさしい慈父のような方だったと喝破します。

のちに、「アッバ神学」とも呼ばれる神観が、このように、すでに処女作の前半から主張されています。

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