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我等なぜキリスト教徒となりし乎  

亡き遠藤周作を交えた鼎談 15
闇の中にあって遠くに見える希望の光・こうしてカトリックに入信した・遠藤周作が不良だったから代父を頼めた 22
青春時代に二度と繰り返したくないほど死について悩んだ 32
心象風景 36
カトリック信者・遠藤周作、修道士・井上洋治の留学・留学した遠藤と僕の知っている遠藤が同じとは信じられなかった 39
この道を行けば何かが見えてくるという気持ちで修道院に入った 50
信仰するとはどういうことか;疑いがなければ信仰ではない 61
心貧しき者幸い 64
神父への最初の質問は、「心貧しき者は幸いなり」という言葉の意味だった 65
我等はキリストをどう理解したか・イエスの愛は母親の愛に似ている・なぜイエスはキリストになったのか。イエスは自分がキリストだと名乗り出たわけではない 70
イエスは地獄行きの恐怖から人々を解放した 76
旧約の恐ろしい神 83
ヒットラーでも懺悔すれば救われる 83
聖書の中のここが難しい・復活と原罪については困惑を覚える 89
復活とは、神様の記憶に残る生きた証 95
遠藤周作の提示したイエスと神・「沈黙」には信仰がないという愚かしい批判 99
遠藤周作はイエス像を「沈黙」で本来の形に戻した 102
「深い河」でイエスを玉ねぎと書いた遠藤さんの真意 106
神父と話していると遠藤が後ろに立っている気がする 113
日本人にキリスト教がどう伝わってきたか・宗教戦争は支配と被支配の関係を隠している;日本への最初の布教は不幸に終わった。;宣教師の中には、布教のためには日本侵略を辞さない者もいた 118
1月8日の踏み絵の日には、住民が着飾って出かけた 127
小西行長の伝記「鉄の首枷」で遠藤は自分自身を描いた 131
キリスト教禁止令の思わぬ影響;日本的に変容した隠れキリシタンのキリスト信仰 135
私の故郷には寺も過去帳もない 140
宗教の深層意識とナショナリズムは無関係ではない;韓国にキリスト教徒が多いのは日本の植民地支配への反発 144
宗教も言語も同じように簡単には変えられない 150
ザビエルが日本語と似たバスク語圏の人だから、日本への布教が可能だった 153
遠藤周作よ、今何処;日本人に合ったキリスト教;身をもって日本人信者の苦悩を書いた遠藤周作;遠藤文学の根っこには、母親への裏切りに対する懺悔があった 158
咎めを感じて生きることは信仰 169
日本人信者が二重人格になることは避けられない 172
日本のサラリーマン信者は、隠れキリシタンにならざるをえない 178
日本人の心情に訴えるキリスト教を;内村鑑三の「日本人のためのキリスト教」には最後まではつき合えない 181
神父としても恥ずかしくなるような祈りの言葉もある 185
遠藤が長い間、戦ってきたことがようやく認められるようになった 190
宗派によってキリスト教はこんなに違う;パンもお酒も出るカトリックに入ってよかった 194
プロテスタントはいろいろな幅があって一つではない 199
我等なぜ今宗教を問うのか;人が神になってはいけない;宗教がテロリズムに走るような問題をなぜ起こすか;宗教に対する無関心が広がっているわけではない。 206
オウム事件は宗教的欲求を社会がうまくリードできなかったからだ。 210
宗教と文学は、ともに深層意識から湧き上がってくるもの 214
宮沢賢治は、日蓮を非常に信仰していた 218
人間は神ではないことを子供たちに教えたい 221
キリスト教は葬祭や墓の意味をどう考えるか;仏教徒の先祖にあの世で会えるキリスト教徒 226
葬儀は形式がないと遺族が迷惑する 230
遠藤周作に必ず会える;僕が遠藤のために悲しむことは一つだけ 234
天国で会おう」と死を覚悟した遠藤さんに告げた 238
神のなさるわざ 245

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