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ざっくばらん神父と13人  

"河上徹太郎の井上評:「・・・・みな相手の専門や持ち味を摑んだ名対談なのである」=この本に載せられている相手はみな著名人なのだが、そうでないわたしたちに対しても、井上師の態度は変わらない。何度お会いしても、わたしの現状や関心から話を切り出してくる。
" 0
寅さんの笑いの陰には哀しみが 8
山田洋次;寅さんには聖人のイメージがある 8
落語から学んだリアリズムの方法論 14
寅さんにおいていかれる気がするよ 18
福田恆存;下町のつき合い感覚はキリスト教の愛の思想 25
聖書的な人間観への過程 26
日本的とは思いやり 30
祭りの復活 34
今のキリスト教には神秘がない 37
加藤一二三 43
プロの棋士は三百手を読む 44
勝負一本主義 49
勝たしてくださいとは祈れない 52
人生に挫折は必要 56
高橋たか子;テレーズは本当に悪魔的な女か 59
熱病のように誘うもの 60
どれだけ悩もうと救いには変わりはない 64
悪魔的とはどういうものか 69
神様に出会うためには 73
田村隆一;カトリック・詩・酒・女 77
やぶにらみの世界;詩と宗教 78
宗教は文化を多面的に発達させる 83
地図のない旅人 86
男の武器はやさしさ 89
八十歳まで生き続ける 90
真継伸彦;一輪の野の花でありたい 93
キリスト教より仏教にひかれた動機 94
仏教には超越的命令というものはない 96
禅宗と浄土宗の違いと共通性 99
底まで落ちても受け止めてくれる手のひら 103
一期一会 106
佐久間良子;休日は子供たちに没頭するんです 109
有志在形という言葉 110
視聴率の高い耐える女 114
素直な心で演ずるということ 117
書に熱中した二ヶ月間 121
阪田寛夫;キリスト教という原理で怒られる怖さ 125
キリスト教は桎梏でしかなかった 126
キリスト教の根本は、ゆるしのはず 128
中学の時読んでおけば良かった「モイラ」 130
純粋さを追い求めた果てに 133
肉欲の否定はどこから来るのか 133
平田精耕;キリスト教が座禅を取り入れる、それは新しい宗教への試みだ 139
人生における巡り会いの妙 140
宗教は小さな生活の積み重ね 143
なぜキリスト教が禅を取り入れるか 145
執着心と本物を求める心の相克 149
禅が目指す人間像とは 150
奈良林祥;現代のよくできる子は非常に恐ろしい 155
なぜ結婚カウンセラーになったか 156
性は付属物ではない 160
ちょっぴり生んで、たっぷりいじる 165
中絶王国日本の恐ろしさ 169
田中小実昌;おやじと教会には相すまないばっかりで 173
親父がかってに始めた教会 174
何にも怒らず、何にもしつけず 177
ほんとに変な親父でしたよ 180
はなっから神様はいるよ 183
イエスは理想の神様じゃいけない 186
河上徹太郎;松陰とキリスト 191
吉田松陰の回心 192
人間のすべてをゆさぶるもの 196
古武士とカトリック 201
遠藤周作;神はすべてをゆるしたまう 207
ぼくたちより文化人 208
何でもウイウイ 212
神様につかまって 217
女房はごまかしが 220
あとがき;十三人への感想 228
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