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求道詩歌誌「余白の風」第132号  

2007年3月号

Copyright © 2005 余白こと平田栄一, All rights reserved.

本誌(1990年創刊)サイトは俳句を中心として、日本人の心情でとらえたキリスト信仰を模索するための機関誌です。毎月発行しています。どなたでもご自由に投稿・感想をお寄せください。(採否主宰一任)投稿先:掲示板

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主宰発表作品
「層雲」07年3月号

退職して家が片付いていく床の間の椿  栄一



めったに帰らぬ実家のまずは仏壇に向う



無念無想のあめんぼ水面を飛ぶ



こつこつこなす仕事がある曇り続きの週日



再臨の予兆あちこち芽吹く



求道詩歌会員作品-661

マタイ25より

電柱に裁ける神がはりつけに  余白


もず:これはどういう光景を詠んだものでしょうか?

ちょっと疑問。



余白:ええ、ちょっとわかりにくいか、シュール? あるいは、物議をかもし出しそうな感じですかね(笑)。



これ、たとえば、よく人家の塀なんかに、黒地で黄色字で、「悔い改めよ!裁きがある」みたいな看板を見かけるじゃないですか。



そんな風景が念頭にあって、しかし、そういう裁く怖い神というのは、僕なんかにはちょっとね。。。。



ということです。



もず:ご回答感謝です。



てか、そういう看板、関東ではもうおなじみになってるんですか。



こちらじゃ見たことなくて、ピンときませんでした。いえ、すぱきゃさんから話は聞いておりましたが・・・(^^;

いや、たぶん知っていても、この句から連想はできなかっただろうな。



なるほどでした。



熱心に祈って愛を知らぬ人  余白



申命記26、マタイ5、今日のミサ朗読箇所から。

自戒をこめて、川柳で皮肉ってみました(笑)。

私たちは得てしてこういうことになりやすい。

心したいものです。



もず:最近私自身がその傾向にあるような・・・。



竹林の暗き闇にも「南無アッバ」  のぶ子



雀一羽混沌の世に首かしげ



菜の花を乗せ降ろして各駅停車

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録音アッバミサに、パソコンの前で、

参列させていただきました。



佐藤様、リハビリが順調に進みますように。

親類が理学療法士として病院勤務が決まりました。



内村鑑三は、私も面白いかな?と選びましたが、

修道院からお借りしていて、今日の箇所には、

聖霊は終身恩給のごとし、など、とあります。



栄一> 竹林の暗き闇にも「南無アッバ」

井上師が始めた「~南無アッバ」という、アッバ讃句は、宗教学者の山折哲雄氏も、褒めていますが、不思議な力をもっています。



> 雀一羽混沌の世に首かしげ

その「一羽」さえ、アッバは心にかけてくださる。



> 菜の花を乗せ降ろして各駅停車

「乗せて」としたほうが、リズムがいい。



> 親類が理学療法士として病院勤務が決まりました。

それは、おめでとうございます。

うちの次男も、理学療法士をめざして、勉強中です。

> 聖霊は終身恩給のごとし、など、とあります。

内村は、固いけど、名文句がたくさん残っていますね。



木の芽出ず神々の指示賜はりて  佐藤淡丘

   

<雑草の詩人>いぬふぐりより始む



初花を伝へしときの破顔かな



空に溶け一命なほも揚雲雀



鳥影に遠近ありぬ白障子



怪我から一ヶ月、いよいよリハビリが始まりました。

まずは、床に敷いたタオルを足の指で手繰り寄せるという、途方もない忍耐力と、孤独な動作から始まります。

硬いギブスで嵌められた筋肉は、思うように動いてくれません。

少しずつ解してゆくのがリハビリだと、改めて悟った次第です。

松葉杖が外れるのは、まだまだ先のことのようです。

家に籠もった状態なので、俳句を作ってみたものの、一つしっくりとゆかぬものを感じています。



栄一> 木の芽出ず神々の指示賜はりて

自然は、アッバを表現する。

> <雑草の詩人>いぬふぐりより始む

いぬふぐりは、この名前が避けられたこともあったとか。かわいい花ですよね。

> 初花を伝へしときの破顔かな

毎年、新鮮さに驚く。

> 空に溶け一命なほも揚雲雀

どこまでも揚がって行く姿が浮かぶ。

> 鳥影に遠近ありぬ白障子

春の生気が感じられます。



> 怪我から一ヶ月、いよいよリハビリが始まりました。

大変でしょうが、少しずつやってください。

うちの次男坊が、理学療法士をめざしているので、病院内での患者さんの大変さを聞くにつけ、身につまされます。

> 家に籠もった状態なので、俳句を作ってみたものの、一つしっくりとゆかぬものを感じています。

いえいえ、四旬節からご復活祭に向けて、よい黙想になる佳句です。



マタイ5より。

木と人の和解の道を弟子ら問う  余白



花摘む子指触れるのは赤い色  のぶ子



光りの輪縄跳びする子輝いて



三代のおんなの生に雛飾り

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平田様のご本を再読しつつ、

森一弘神父様と内村鑑三を読んでいます。



余白> 花摘む子指触れるのは赤い色

真っ赤に目立つ花に、思わず手が伸びる。アッバのしるしのよう。

> 光りの輪縄跳びする子輝いて

いいですねー。キリスト様の光輪のようです。

> 三代のおんなの生に雛飾り

代々伝えていく風習が、今はだんだん少なくなってさびしいですね。

> 平田様のご本を再読しつつ、

ありがとうございます。

> 森一弘神父様と内村鑑三を読んでいます。

これは、面白い組合せですね。



  ルカ11

人の子は何のしるしかこの時代   余白



主の祈りつづめて日本へ南無アッバ



  ルカ4

荒れ野へと風に押されるイエスさま  余白



聖霊に満ちてはイエス断食す



試みる、みられる者でないことを



石にパン パンに石の命あり



権力に向けばたちまち春なだれ



  ローマ10:13より

「南無アッバ」「南無阿弥陀仏」より易し


  早朝ミサにて

空き腹にイェスの身体が芳ばしい  余白



  ルカ5:27-32より

主に出会いソッタクドウジレビの家


イエスより弟子につぶやくファリサイ派



義人より罪人大事ぶどうの木



雲間より光り降る道歩みゆく  のぶ子



「心の琴線に触れるイエス」

拝読いたしました。



栄一> 雲間より光り降る道歩みゆく

雲間から太陽光線が幾筋もそそがれている、、、大好きな光景です。

古来、こうした光景に、アッバのお恵みを感じ取っていたのでしょうね。

>「心の琴線に触れるイエス」

> 拝読いたしました。

ありがとうございます。

アッバに全てをゆだねる、ということの意味を、共々に黙想できれば、と思います。





  長谷川末子

二月半ばの夕暮れに

おいぬのふぐり目を閉じた

明日は開く 神の手で



紅梅ほろりと散っている

こぶしの蕾ふっくらと

川面は光のハーモニー



春の足音 訪れて

皆 誰もが招かれて

春に抱かれる季節です



 あれ?

やかんのお湯がふっとう点

ユウ・ユア・ユウと

叫んでる



平田:季節の巡りは、アッバの様々なお顔を見せてくださるものなのでしょう。



厳しさ、優しさ、両面見えても、どっちが基本と受けとるか、それが文化として表層化する違いとなるように思います。



>あれ?

心が沸騰点に達した時、やっぱりユウ=他者との関係が、重要になってくるのですね。



  マルコ9より

子の癒し願える父の「できれば」と云うをイエスは戒め給う  栄一



イスラムは絶対者への信頼という人あれば南無アッラー



最近は、「回教」や「イスラム教」ではなく、単に「イスラム」ということの意味を知りました。



信仰とはマルコ十四・三十六アバと呼びかけ願い委ねよ    栄一



最近、キリスト教は、イエスのこの祈りに集約されているのではないか、と思います。



  灰の式後の金曜日

灰の式後の金曜の雲たれこめて人への怒り溜め込んでいる  

 

  聖ペトロの使徒座祝日

ミサ毎に「主はキリスト」と和するとき心に小さな痛み走り来


  灰の水曜日

隠れしを隠れたところで見るアバに祈り捧げる今日救いの日

  マタイ6+Ⅱコリ5-6より



  Ⅰコリント15より

復活の初穂となりしキリストに連なる実りわれらに賜う   



  マルコ9より

十字架と復活予告聞きつつも弟子ら偉さの順位を競う    栄一

切株の遠い記憶、に座る  白雲子



コーヒー、さえずりのしずくもすする



まっさおまっさお 空をおよごうぜ



暖冬とはいえ、寒さはこたえます。

心に太陽を持って生きたいものです。

栄一: >切株の遠い記憶、に座る

的確な表現です。

> コーヒー、さえずりのしずくもすする

大兄の何十年の句道の成果が、いよいよ現れてきましたね。

> まっさおまっさお 空をおよごうぜ

ストレートが、大兄の持ち味です。



剪定し静けき雨となりにけり  のぶ子



星のごとひとつふたつと沈丁花



芽吹きあり恵みの雨を受けとめる

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こんにちは。

今日は、花木の三句を投稿します。

「余白の風」拝見致しました。

自由律俳句は、やはりいいですね。

最初は、何も知らず、歌で、作りましたが、

季語をいれた方が、とのアドバイスを受け、

一冊の歳時記を頼りにしていました。

佐藤様、その後、いかがでしょうか?

私の剪定は、まだ、小さい樹木でした。

父も数年前、骨折、緊急手術をしましたが、

懸命にリハビリに励み、良くなりました。

誌の方々、感銘しつつ、読ませていただき、

昨日は、桜井哲夫様の詩に、涙しました。

井上洋治神父様の名句には、

22歳の私が、重なりました。

黙想は、毎日、拝見しております。

ありがとうございます。

栄一:のぶ子様、

「余白の風」じっくりご覧いただき、ありがとうございます。

>剪定し静けき雨となりにけり

剪定を終えし雨の静まれり

勝手ながら、ちょっと、改作させていただきました。

>星のごとひとつふたつと沈丁花

何事も、一つずつ増えていく楽しみ。

>芽吹きあり恵みの雨を受けとめる

「芽吹き」が先にあるのが、新鮮。

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