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神の道具  

今日は、少し、「毎日のミサ」を離れて、思うことを。

女性を「産む機械」に例えた柳沢伯夫厚生労働相の辞任を求める動きが出ている。

参院選を控えた与野党の思惑もあるだろう。


しかし、そういう政治の文脈とは違う意味で、

この「産む機械」発言を聞いたとき、

すぐに閃いたのは、

エフェソ1:10

わたしたちは「に造られたもの」
の作品

という言葉。


井上父も最近、この聖句を折に触れて取り上げ、

わたし自身も、しみじみ味わっている。


「南無アッバ」とは、「あちら」が主、「こちら」が従、という世界。

それを、突き詰めていけば、

万物は、人間や自然も含めて、

の作品、の道具といってもいいように思う。



「機械」というと、ちょっと冷たい感じ、

無機質で、操り人形のイメージだから、よくないが、

自分は「様、アッバの道具」なのだ、

と、心から合点できたら、

そこに邁進できたら、

そこにわたしたちの幸せ、

救いは、ないだろうか?
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