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『俳句でキリスト教』自解と補足  

--「はじめに」について--
井上神父との出会いについては、求道記にくわしく載せています。ご参照ください。
あの頃の私は、藁にもすがるような気持ちで、「道」を求めていたように思います。
ちょうど、会社を辞めたときで、無職になった不安も大きかったと思います。
しかし、生活が一応安定したとき、「ぜひ洗礼を受けたい」と思った、というのも、いまだに不思議に思います。

それから、受洗したのが1981年、自作の俳句が初めて活字になった(初出)のが1986年で、この5年間は、「洗礼を受けました。はい、救われました!」という感じではありません。
それは、この初出句を見ていただければ、明らかです(本書97ページ参照)。

救いの実感がもてない私は、受洗後も度々神父に詰問するようなこともあり、お世話をかけました。
当時盛んになっていたカリスマ運動や、カトリック受洗前と同じように、プロテスタント教会に出入りしたこともありました。
一方で、頼まれるままに、代父を引き受け--今現代音楽で活躍している作曲家H氏もその一人--るようになり、「こんな自分が・・・・」という後ろめたさを感じないわけにはいきませんでした。

そんな折、やはり身近にカトリック信者がいないという、ある方の代父をした後、洗礼祝い、ということで、都内の質素な木造一軒家に招かれました。
井上神父は表札を指差しながら、「あなた、ここ誰の家だかわかるかい?」と聞きます。
「渡辺」と書いてある。
なんと!あのユマニスト研究の第一人者、故渡辺一夫先生のお宅でした。当然ビビリました。
しかしそんな私も含めて、渡辺婦人らは気さくに話しかけたり、ざっくばらんに大笑いしたり。。。
何か、理屈をこえて、自然体の日本人キリスト者に出会ったような気がしました。

こうして井上神父と、その周辺に集う人たちとの出会い、そして俳句との出会いが、頭で信仰を理解し、構えようとする私の気持ちを、徐々にほぐしていったのだと思います。
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category: ○書評

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コメント

信仰とコミュニティー

>何か、理屈をこえて、自然体の日本人キリスト者に出会ったような気がしました。

こちらでのカトリックの入門講座の第一回目の質問は、「あなたにとってコミュニティーとはなんですか」「あなたは教会とコミュニティーの関係をどのように考えていますか?」でした。

途方にくれてしまいました。結局、「すみません、私は教会をコミュニティーとして考えたことがなかったので、アイデアが浮かびません」と答えました。

教会は神様の話を聞きに行くところとしか思っていませんでした。

プロテスタントで受洗当時は学生で一人暮らしでしたし、その後も仕事の都合で引越しを繰り返したなんとなく根無し草の私は、地元密着の教会生活を送ることができませんでした。

また、身近にクリスチャンがいないために、「信仰生活」というものを見ることもほとんどない・・・。

いわゆる「頭ではいる信仰」しかもっていませんでしたし、それ以外があるなんて考えてもみなかったというのが本当です。

入門講座を含めてこちらの教会に3年通ってみて、やっと冒頭の質問の意味がわかってきました。いまだ教会は強力なコミュニティーとして存在しています。人と人、生活が密接に関っているのです。

ある意味「孤児」状態のクリスチャンだった私ですが、そういう人は、かなりいるのではないかと思います。(クリスチャン・ホーム、長崎のような場所、ネットワーク作りが熱心な教会などの特別な環境でなかったら、教会/信仰をコミュニティーとして考えることはとても難しいと思います。)

その辺が日本のキリスト者にとって大きな課題になるかもしれませんね。個が一箇所でがんばっていても限界があります。信仰は受け継いでいくものですし。

そう思うと、カトリックの代父母の制度は大きな意味を持ってきますね。聖人たちも御国にいる信仰の家族ととらえて良いと思います。彼らに習うものはたくさんあります。それから、最近のネットが果たしている役割は大きいと思います。クリスチャンコミュニティーとして機能していると思うのです。

>こうして井上神父と、その周辺に集う人たちとの出会い、そして俳句との出会いが、頭で信仰を理解し、構えようとする私の気持ちを、徐々にほぐしていったのだと思います。

「行動が伴わなければ・・・」と聖書にもあるように、やはり生活と信仰は別々に切り離すものではありませんよね。記事を読んで、いろいろなことが思いおこされました。

いう #dfWVfM6A | URL
2005/07/09 21:32 | edit

「教会」という感覚

考えさせられますねー。
ぼくは、組織としての「教会」というのが、コミュニティというのは、重いのです。
バザーとか、財政とか、、、そういう委員をやっていた時期もあったのですが、、、そういう活動を一生懸命にやろうとするほど、義務的に仕事をこなしている、という感覚にとらわれてしまうのですね、ぼくの場合。
教会をそうして運営してくださる方がいなければ、ミサ自体も成り立たないというのはよくわかるのですが、、、これは単なるぼく自身の問題かとずっと思っていましたが、アッバミサなどに来ている人の話を聞くと、意外に多い。

どうもこれは、個人の問題を越えて、日本人と教会のありかたの問題もあるんじゃないかと思うようになっています。

余白 #oBO5MkqQ | URL
2005/07/09 21:43 | edit

もしかして日本の状況をあまり考えなかった書き込みになってしまっていたかもしれませんね。余白さんの記事(特に引用箇所)から、こちらの教会の様子が思い浮かんだので書きました。コミュニティーといったとき、運営の問題は別にしていました。

>ぼくは、組織としての「教会」というのが、コミュニティというのは、重いのです。

これはよくわかります。学生程度でしていた奉仕でさえ、大変な重荷だった覚えがあるので・・・。思いっきり「マルタ」になってしまって、教会に行くことが苦痛でした。

わたしが「教会がコミュニティーとしてある」といったのは、もうちょっと広くとらえていたからかもしれません。そこだけがコミュニティーですごく密接に関っているというわけではなく、やんわり自然に教会に来ているというか・・・。生活の一部というか・・・。

(奉仕に関しては、職員数、信徒数の問題があると思うのですが、仕事は多くのものでわけあって、そんなに特定の人が激しく負担を感じることはなさそうに思います。私も中心になって活動しているわけではないのではっきりとはわかりませんが・・・。まあ、こちらの人はできないと、できない、って言うので・・・。その代わりやれるときはやる人が多いような。)

確かに、少数の奉仕者に重荷がかかるのは大きな問題ですね。一番よくやっている人をつぶしてしまうことになる。(あれ?職場もそうですね・・・。)

>どうもこれは、個人の問題を越えて、日本人と教会のありかたの問題もあるんじゃないかと思うようになっています。

やはり誰かが特別大きな重荷を負うような構造になってしまうのだろうか・・・。また考えてみます。

いう #Q/eeA9cY | URL
2005/07/09 22:16 | edit

コミュニティという感覚

そうですね、先ほどおっしゃっていた、

>カトリックの代父母の制度は大きな意味を持ってきますね。聖人たちも御国にいる信仰の家族ととらえて良いと思います。彼らに習うものはたくさんあります。それから、最近のネットが果たしている役割は大きいと思います。クリスチャンコミュニティーとして機能していると思うのです。

これはすごく同感です。
たとえば、ぼくは本文に書いたように、何人かの代父もやったし、うちの子供もしてもらったりしたのですが、その後、とくにつながりはないのです。
かといって、忘れたわけじゃない。
心ではお互い思い起こしていますが、とくに受洗祝いだからどうの、っていうことはないのです(そういう付き合いを否定しているわけではありませんが)。

ミサや教会、あるいはキリスト者全体に対しても、ある種の一体感はもっていて、信仰宣言の「聖徒の交わり」という言葉も大好きです。
そう、いわゆる”べたべたした関係”というのが苦手なのですね。日本語でいうと「世間的な付き合い」とでもいいますか。

そのあたりを、おそらく欧米の人たちは、「私はこれ、ここまで」という形で、はっきり明言できるのでしょうね。
日本だと、つい引き受けて、あとで重荷になる、ということが往々にしてあるのではないかと思います。

余白 #oBO5MkqQ | URL
2005/07/09 22:42 | edit

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