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今を生きる一句を  

ルカによる福音17・26-37

終末の事態について、日常にかまけているうちに、突如「人の子が現れ」人々を裁く、、、、という。

イエス自信がこのようなことを、どのような状況で語ったのか、または、語らなかったのか--後世の加筆か。
また、当時の人たちはこれを、どう受けとめたのか。。。様々に、想像できる。

しかし一般に、終末思想の黙示文学的表現は、日本人の私たちをぎょっとさせ、奇跡や倫理表現と並んで、あるいは、それ以上につまずきとなりやすいのは、確かだろう。

これらをどう解釈、受けとめるかは、日本人キリスト者にとっても、伝道にとっても、けっして小さな問題ではない。

しかし、
自分の命を生かそうと努める者は、それを失い、それを失う者は、かえって保つのである。
といった逆説的表現などは、日本人には、かえって受け入れやすいのではないか、とも思う。


<今日の学び>
信仰に入るために、全ての聖句を、まんべんなく、理解し、受け入れる必要はない。

むしろ、たとえ一句でも、今日の自分へのメッセージとして、心からアーメンといえる聖句を探そう。
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