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イエスの心はアッバの心  

死者の日 年間第30週 第2周年
ヨハネによる福音 (ヨハネ6・37-40)


 そのとき、イエスは人々に言われた。「 父がわたしにお与えになる人は皆、わたしのところに来る。


運命論、宿命論、予定説を思わせる。

が、神の愛の応答原理の一貫ととらえることもできる。

わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない。

たしかに、この節では、自らイエスに向かう意志を前提にしているように思われる。

わたしが天から降(くだ)って来たのは、自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心(みこころ)を行うためである。

イエスが自己相対化をこえて、自己無化まで行き着いていることを主張する言葉。

わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。

終末の現在化が色濃い第四福音書のなかで、未来的終末論を前提とした言葉。

しかし、いずれにしろ、キリスト者には、全き安心を与える、手放しで有り難い言葉であることに、変わりはない。

わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである。」

イエスに出会う→信頼する→命を得る=復活=救い、というキリスト論が示される。

もう神様に呼ばれているみどり児が秋の空   栄一
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