「南無アッバ」を生きる ホーム » 平田栄一求道詩歌(3) »口語俳句と二人の師

口語俳句と二人の師  

「埼玉県現代俳句協会報」第51号より。
和田美代氏が、戦後口語俳句俳句運動の中心的存在であった、故内田南草氏とその主宰誌「感動律」の編集・発行にあたった、故瀬戸青天城氏を回顧して、よい文章を書いている。

これほど哀しいものがない握りこぶし   南草

世界がうごく朝のトイレに腰かけて

わが前の灰皿一つ海が鳴りどおし

どこから撃たれてもよい春の岬に立つ

長生きして神様次の駅はどこ


「感動律」の主旨に
「我々は、俳句の伝統を重んずる一方、現代人の感動、感覚を最も適切に表現するため、現代語をもって俳句を作る」とある。

いつも誰かのうしろにいて葉牡丹咲かせる   青天城

潰しの利かぬ男の頭上かっこう鳴く

いちばん深い湖を見ている残り時間


青天城氏は、実は私と同じ蓮田市にお住いだった。
生前からご自宅は知ってはいたが、とうとうお訪ねすることはなかった。今、振り返ると悔やまれる思いがする。

ちなみに、この号には第27回会員作品展の「出典目録」が載っているが、その筆頭は、顧問の句、

山鳴りときに狼そのものであった   兜太

7(4)・4(7)・8のリズム。これは自由律ではないのだろうか。。。参照
関連記事


category: 平田栄一求道詩歌(3)

tag: 俳句,
tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://yohaku5.blog6.fc2.com/tb.php/504-ec13c79c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

日本人にわかるキリスト教を求めて

南無アッバの集い&平田講座

求道詩歌誌「余白の風」

最後の南無アッバミサ

全記事表示リンク

リンク

検索フォーム

▲ Pagetop