「南無アッバ」を生きる ホーム » 平田栄一求道詩歌(3) »何のためにという目的を忘れて、真の「人間」として生きることが「自由」ということなのである。

何のためにという目的を忘れて、真の「人間」として生きることが「自由」ということなのである。  

荻原井泉水著『此の道六十年』「層雲創刊」より。
巻頭にのせたヘルマンバールの詩の一節。

井泉水は信念の人で、好き嫌いもはっきりし、嫌なことは絶対しない頑固な人だった。
直接知る人から聞くと、句会のときも厳しく叱咤したという。

文壇-俳壇をつなぐ、総合誌的な意図をもった「層雲」創刊だったが、その独走的な編集姿勢が、碧梧桐らの反発を買っていく。

しかし、この、有季定型伝統の「ホトトギス」に継ぐ、最古の自由律俳句誌「層雲」は、紆余曲折をくり返しながらも、創刊95年(1911年~)、あと5年で100周年となる。
関連記事


category: 平田栄一求道詩歌(3)

tag: 俳句,
tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://yohaku5.blog6.fc2.com/tb.php/503-315c57bb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

日本人にわかるキリスト教を求めて

南無アッバの集い&平田講座

求道詩歌誌「余白の風」

最後の南無アッバミサ

全記事表示リンク

リンク

検索フォーム

▲ Pagetop