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「余白の風」第126号-p.6  

コメントの方に残念な気がしました。

[351] RE:終業式 Name:栄一 Date:2006/07/21(金) 13:04
なるほど、よくわかります。
所見は難しいです。
私は、よほどのことでない限り、褒められること以外は書きません。文字は記録に残るので、慎重になる。
もし、どうしてもその子に注文があるときは、本人や保護者を呼ぶなりして、口頭で伝えますね。

もしかすると、熱心な先生だからこそ、良い面とさらなる期待を書いたのかもしれませんが。

[353] 参考にしたいのですが・・・ Name:ヨハンナ Date:2006/07/22(土)
こういうコーナーで失礼かと思いますが、参考にお聞きしたいのですが、具体的にはクラスでどういう行動をとったら先生の期待に応えられるのでしょうか?子供に聞きますとクラスが騒がしい時、静かにしてください・・ななどの注意などをしたりしないからじゃないの?と言ってましたが、ちょっちゃそっと注意しても聞かないそうで・・・、学級委員などの立場でないのに色々注意したりすると、なにしきってんだよ~・・みたいなコトになったりもするとか・・。

他の子に良い影響を与えてほしい・・と言われるのならとても難しい要求だと思うのですが・・。それに、クラスで騒いだり、注意しても聞かなかったり・・とかはクラスメイトが注意を促す云々よりも家庭の躾の問題であったり、さらに言うならば騒ぐ本人の問題であり、ちゃんとやっている生徒に注文つけるのは本末転倒であると思うのですが・・。

[355] RE:終業式 Name:栄一  Date:2006/07/22(土)
> 具体的にはクラスでどういう行動をとったら先生の期待に応えられるのでしょうか?

確かに、お互い同士が戒めあう、というクラスの自浄効果を期待する担任の先生の気持ちは、理解できます。
しかし、それが、具体的に、

>クラスが騒がしい時、静かにしてください・・ななどの注意などをしたり

ということかどうかは、一概に言えません。
むしろ、言葉でのやり取りより、無言の雰囲気みたいなものが、クラス運営を決定する。
フォーマルグループよりインフォーマルグループが、決定的なものです。
たとえば、出席番号順の掃除斑の表向きの行動より、仲良しグループの行動のほうが、大きいということです。

>ちゃんとやっている生徒に注文つけるのは本末転倒であると思うのですが・・。

そういう期待をかけられて、プレッシャーを感じてしまう生徒もいますから、教師は、一人一人を見なければいけません。
井上師がよく指摘しているように、イエス様は、対機説法的に、相手によって、言葉上は、まるっきり正反対ともとれる話をしたように、教師は、生徒に投げかける言葉は、一律ではいけない、と私は考えています。

しかし、こんな教師の能書きは、生徒にはどうでもいいことですね(笑)。

[356] つづき Name:栄一  Date:2006/07/22(土)
それでは、生徒はどうすればいいか、ぼくのまさに個人的な意見は、「適当にやる」ってことです(すいません、こんな結論で)。

先生が間違ってるから、アドバイスに従わなくていい、というのは簡単ですが、それでは、お子さんは苦しいでしょう。

といって、期待にこたえようとして、つぶれてしまったら、なんにもなりません。

その頃合を試行錯誤で見つけていく、教師とお友達関係、つかずはなれずの「感覚」を身に付けていくということです。

成長とか、大人になっていく、社会・集団生活で学ぶ、というのは、具体的にはそういうことだと思います。

不登校経験生徒が70%の勤務校でよく考えるのは、なんでわざわざ遠くから、一箇所に集まって、勉強をするか、ってことです。

「適当」ということは、人間関係の適度な「間(ま)」を学ぶということ。合う先生・合わない先生、仲良し・ちょっと避けたいお友達・・・・様々な個性との適当な「間」が保てないと、集団生活ができない。つまり「間抜け」(笑)になる。

勉強だけするなら、学校に行かなくてもいいわけです。しかし、多くの不登校経験者は、「通学」することに希望を持っています。

それは、苦しくても集団(社会)と関わりたい、という基本的欲求があるからだと思います。
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