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「余白の風」第126号-p.3  

細目にガラス戸を開ける
網戸の隅に囁いた
「もうお帰りよ待ってるよ」
元気な蝉が死んでいる
心に涙がにじんできた


[387] RE:さよなら Name:栄一  Date:2006/08/07(月)
居座ったまま、貴女の家のベランダが、終の棲家になってしまったのですね。さきほど、新聞を取りに玄関を出たら、やはり、死んだ蝉が、ポストの脇に仰向けになっていました。ぎらぎら輝く太陽の下、あちこちに死が転がっている。。。。何かを私たちに訴えながら。。。

[386] 梅雨時に作った句 Name:栄一  Date:2006/08/07(月) 10:17
どこかで聞いたリズムで夜風雨戸を叩く

[385] 広島原爆忌 Name:栄一  Date:2006/08/06(日)
猫も猫背できちんと座る朝の祈り

今日も、暑くなりそうです。

[381]  Name:栄一  Date:2006/08/05(土) 04:47
陽はまだある町の小さな歯医者へ急ぐ

[376] 涼しさを呼びたくて Name:ひかり Date:2006/08/03(木)
山にゆきて何をして来る山にゆきてみしみしあるき水のんでくる   高村光太郎

ひと木にてたわわに花も実もつけしMangoの陰にエンジン冷やす   後藤直ニ

椎の木の樹下は風の吹き通ひ虫を押へて幼ら遊ぶ   山崎一郎

足もとに立てておく傘倒れたる三度目はその儘切手を買へり   石田耕三

何に使ふ桶か小さく湧き水にころがしながら人の洗へり   大西民子

この朝クロワッサンちぎりつつ今はどこなる一生の中のどこなる   高橋一誌

クッキーズの香料の中に働けば乙女は匂ふ手のひら振れり   山下喜美子

日のあたる山仰ぎつつトロ押しはトロ押しにけり谷の底ひを   前田夕暮

方形のガラスを運ぶ男いて透明をかくも重くかつげり   浜田康敬

十数年前の金を返しに来し男おほきくなりし子をつれてをり   土岐善磨

修道士がだまりて廻す壷の中バタ(牛酪)はかたまり夕べとなりぬ   土岐善磨

宮 柊ニ監修「続・短歌その日その日」より
皆様、初めまして。皆様はこれらの歌、お好きですか?私は湧き水の桶の歌や最後の歌などにとても魅かれます。

[377] RE:涼しさを呼びたくて Name:栄一  Date:2006/08/03(木)
ひかりさん、いろいろな歌のご紹介ありがとうございます。これらの秀歌の共通点は、何気ない日常を切り取って、しっかり、その日常にこそ美があり、救いがあるんだよ、と教えているところではないでしょうか。でしゃばらなくても、気負わなくても、思うまま書けば、そのまま詩歌になる、ということを学びました。

[378] RE:涼しさを呼びたくて Name:いう  Date:2006/08/04(金)
ひかりさん、はじめまして。短歌はさらさらと流れる調べが心地いいですよね。私がよく作っているのは俳句なのですが、短歌のほうが性格にあっているかなーと思うときもあります。なんていうか、ストーリーの決着がつくようなところが好き。
挙げてくださった短歌、いいですね。倒れる傘の歌と、クロワッサンの歌がいいなと思います。
「あのね」と人に伝えるまでもない、些細な出来事や心をかすめる想い。三十一文字にのせれば、鮮やかなドラマとしてとっておくことができるのですね。久しぶりに短歌集を開いてみたくなりました。

[380] RE:涼しさを呼びたくて Name:ひかり Date:2006/08/04(金)
いうさん、はじめまして。お返事うれしく拝見しました。「ストーリーの決着がつくようなところが好き」というところ、私の言いたくて表現し得なかった気持ちそのままです。ありがとうございます!3度も倒れる傘の歌と、クロワッサンの歌、実は私も大好きです。高安国世の奥さんの歌に、
共に塗りしバターも了りとなりてゆき何処へか発つこの卓の朝
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