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「余白の風」126号-p.1  

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求道俳句会誌「余白の風」第126号  2006年9月号
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本誌(1990年創刊)サイトは俳句を中心として、日本人の心情でとらえたキリスト信仰を模索するための機関誌です。毎月発行しています。どなたでもご自由に投稿・感想をお寄せください。(採否主宰一任)
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<目次>
井上洋治神父の『わが師イエスの生涯を読む』 1
短歌キリスト教 2
求道詩歌会員作品-442 2

井上洋治神父の『わが師イエスの生涯を読む』
福音を信じる
p.87 より「南無アッバ」とは
「南無」が「帰命」「帰依」「信従」などの意から、「福音を信じる」とは、「南無アッバを生きる」ことととらえる。

もともとサンスクリット語の「南無」は、すでに日本人には定着した「親しい」ものと考えるが、井上神父は、この「南無アッバ」を初めて聞くと、多くの人が奇異に感じるだろうことは承知している(NHKインタビューなど)。

それは、「南無」が仏教を直感させることで、カトリックの神父がその用語を使う、ということの違和感(ある種のキリスト信者にとっては警戒感も)、そして「アッバ」が一般には理解されていないことが大きな理由だろう。

私は正直、この「南無アッバ」の定着には長い時間がかかると思う。しかし、実際、井上神父にならって、ことあるごとに「南無アッバ、南無アッバ」とやっていると、不思議と心の落ち着き、軽みを感じることが多い。

直接的には、「namuabba」は、「ア」音を多く含むことから、解放感を誘い、「アッバ」に向かって開かれた心を準備する効果がある。(06.8.4)

想像力で読む
師や弟子たちと一緒に食べたり飲んだりしている彼らの歓声がおそらくは道にまできこえていたことであったろう。(第5章p.91)

イエス時代、「罪人」の代表のように毛嫌いされていた「徴税人」レビが、イエスを迎え、友人や娼婦たちも集めて、食事をしていた(『マルコによる福音書』2章15節)ときの様子を、井上神父はこのように想像する。

福音書には「歓声が道まできこえた」とは、直接書かれてはいない。しかし、こうした「想像」は、神父の「創作」ではなく、史的にも無理なものではない。

何気なく書かれたこうした想像力による解説が、福音書の世界を生き生きと甦らせ、わたしたちに身近なものにさせる。

古典である福音書をどう読むかが示唆されている、典型的な例である。(06.8.5)

旧約と無関係に
師の言葉は、そんな『旧約聖書』の引用などなしの、そのものずばりの強い宣言であったことは間違いあるまい。(第5章p.93)

罪人といっしょに食事をする――ということは、律法を破って彼らの仲間になることを意味する――イエスの行動を見たファリサイ派の非難に対して、イエスは、「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである。」(『マルコによる福音書』2章17節)と宣言する。

しかし、この言葉にマタイグループは、ユダヤ人向けに旧約の『ホセア書』の言葉、「わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない」(6章6節)を「付加し」「解釈し」ている。これは、すでに学問的通説である。

が、「旧約の神ヤーウェの顔にとって代わる、アッバと呼びかけることのできる神の顔」(p.93)を新約に見る井上神学にとって、この言葉を、旧約と無関係に「そのものずばりの強い宣言」と改めて受けとることは、大きな意味をもっている。(06.8.6)

十字架の理由
師とユダヤ教指導者層との対立は決定的なものとならざるをえない。しかし師は死刑になることを覚悟しても、庶民を律法の重みと恐怖と不安から解放するため、一歩も後にひこうとはなさらなかったのである。(第5章p.94-95)

本書中盤で早くも、明確にイエスの十字架刑の理由が述べられる。掟より悲愛を第一とするイエスのまなざしは、そのままアッバのまなざしと100%同じものであった。
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