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同じ人間だった  

ジーザスの足跡かつて消し去りし波濤か春の白砂を這ふ   大塚寅彦(角川「短歌」06.5)

「ジーザス(イエス)の足跡」がついたのは、直接にはガリラヤ湖畔だろう。それを消す「波濤」や、己が「這ふ」「白砂」に強い親近感を持つ作者。

が、地殻はすべてつながっているのだから、地理を限定せず、普遍的に解釈してもいいのではないか。

『俳句でキリスト教』で取り上げた句、

踏青やキリストはいつでも素足   長田等(p.90)

を思い出す。
イエス人間としての、わたしたちとの同質性からキリスト教に近づくという道が、もっと強調されていいように思う。
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category: 平田栄一求道詩歌(1)

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