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聖書的な生き方  

というのがあるとすれば、それは唯一の創造主、神に心を向けることを第一とする生き方と言えるでしょう。それは広い意味で祈りと言ってよいでしょう。
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 聖書を一つの古典として文学的に読むのも面白いでしょう。しかしキリスト者は、聖書のどこの箇所からも、イエスはキリストであるとのメッセージを読み取ります。
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 今あなたが抱いている焦りはもしかすると、何かで他の人より秀でなければ幸福になれないかのように思い込んでいるところから来てはいませんか?
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 目的・手段・結果の倒錯を避けること。世間からの称賛を第一とするうちは、神を信じることはできません。(ヨハネ5.44より)
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 黙想をともなわずに読む聖書(とくに福音書)は、道徳主義と奇跡物語を繰り返し押しつけてくる、わたしたちをうんざりさせる本にしか過ぎないかもしれません。
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