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神の道具  

「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。」(マタイ5.3)

 神に向いたときに充たされる心。
 しかし、神に向くとはどういうことか?

 まず、自分を相対化すること。
 私が人生の主役なのではなく、神が、私を通して働く「主」とならんことを。

 神が私を通して何をなさろうとしているのかを考えよう!
 弱く、欲望に流され、無力な私でさえ神がお使いになるとしたら・・・・。

ただ、御旨のとおりこの身に成ること(ルカ1.38)を願う他ない。
 何も目立つことをすることはない。偉くなる必要もない。私の使命に必要とあらば、神はいつでもそのための地位を私に与えるだろう。
 今できる小さなことを、焦らずに積み重ねていけばよいのだ。

 緊張は禁物。

 御旨が天で行われるように、地でも行われますように(マタイ6.10)、アーメン。
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