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宗教詩  

エリオットは、たいていの宗教詩がよくない理由は、「信心深い不正直」にあると指摘している。

つまり、「自分が感じるようにではなく、感じたいように書く」ために、ドグマを述べるに留まってしまうということなのだろう。

宗教的に真摯であろうとする精神のベクトルが、あくまでも人間の言葉で語ろうとする文学的なベクトルとどう融合できるか、そこに宗教詩の成否がかかっている。


06.7に書いたこの一文は、やや訂正しなければならない。
すなわち、妙好人の詩は優れた宗教詩になっている、と。

実際彼らの歌はどれも、「信心深い正直に」なっている。
それはおそらく、倫理的道徳的な匂いが薄いからではないだろうか。
エリオットの視点とは、ややずれるかもしれないが。
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