「南無アッバ」を生きる ホーム » 平田栄一求道詩歌(4) »チャンネル 

チャンネル   

 大晦日にあるバラエティー番組を見ていて、売れっ子女性歌手の疲れ切った表情が印象的だった。とくにカメラを意識していないとき、ふと見せる放心。売らんかなの商業主義の犠牲。一見華やかな世界に生きる人たちの不自由を思う。

 それから二千年前のイエスの時代に想いを馳せる。
 イエスが巡り歩いたいたる所で福音は宣べ伝えられた。マスメディアが発達した現代とは比較にならぬほど狭い範囲とはいえ、彼の福音は間断なくあの当時の日常を流れていたのである。しかしそれに耳を傾け、身を任せようとした人は少数派だった。多くのユダヤ人たちは「聞くには聞くが、決して理解せず、見るには見るが、決して認めな」(マタイ13.14)かった。それに対してイエスは「聞く耳のある者は聞きなさい」(マルコ4.23)と言われた。

 いつの時代も、誰から発せられる、どんなメッセージに自分のチャンネルを合わせるのか、それによって時代や人間に対する観念、果ては日常感覚までが決定されてくるのだろう。(№1~23青年句会報44号掲載)
関連記事


category: 平田栄一求道詩歌(4)

thread: 哲学/倫理学

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://yohaku5.blog6.fc2.com/tb.php/432-080660bf
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

日本人にわかるキリスト教を求めて

南無アッバの集い&平田講座

求道詩歌誌「余白の風」

最後の南無アッバミサ

全記事表示リンク

リンク

検索フォーム

▲ Pagetop