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句集鑑賞  

  カンバスに描く俳句精神
                ――神山姫余句集『太陽神』――
    ∧椅子に座す∨

       生の輪郭―死の葉脈

 造形的な文体なので、安易に書き写すことができない。相当な思い入れがあってのことと思う。∧ ∨の多用は二次元から三次元的な句体を起立させている。掲句、椅子にじっと座った人間の生のスケッチ。日に翳せば脈々と血の流れを見ることだろう。しかしそれは刻々「死」へと向う血流――葉脈なのだ。


裏切りはこれから午後の神 渡   無月なり                          ユダはかぎ鼻                            左きき

 右二句、ペトロの否認あるいはユダの裏切りの場面だろう。聖書を題材にした句作は私もいろいろ試みてはいるが、なかなかうまくいかない。それは絵画にたとえると、われわれ日本人は、聖書的世界というスケッチがすでに存在しているという先入見を持って、そこに合わせた色を塗らねばならぬと汲々としてしまうからではないのか。しかもそのスケッチはたいていどこかで見た西洋画のそれなのだ。そういう輪郭を前提としてしまう間違いを犯している。むしろ聖書的世界というのはカンバスではないのか。まだ、スケッチも描かれていなければ、彩色の方向も決まってはいないのだ。白いカンバスの指定があるだけなのだ。われわれは西洋画の物真似をしても仕方ない。「虎さん」こと渥美清氏が病床洗礼を受けたというのはどうやらウソらしいが、「虎さん」とユダやペトロをいっしょに詠めるようになれば、いわゆる聖書俳句も本物になるだろう。
             
楽園にとき放たれて葡萄狩り     秋人も   黒煙と なる      アベ・マリア
          
 聖書世界のカンバスに諧謔的俳句精神を描く、ということでは右「楽園」の句は面白い。アダム・エヴァの失楽園前の無垢で自由な精神。裸で走り回る二人の間にたわわになる葡萄。旧約では葡萄は人間の喜びの象徴でもある。新約のヨハネ伝には有名な「わたし(キリスト)はぶどうの木、あなたがたはその枝である。」(15.5)という言葉がある。そして「人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていればその人は豊かに実を結ぶ。」と続く。その実を旧約の人祖が狩り取っていく拡大再生産!キリストの先在性を思わせる。
 「秋人」の句。プロテスタントだった島秋人にアベ・マリアというカトリック的なものを結びつけたところが諧謔的だなどと評したら眉をひそめられるかもしれない。新題詠トライアル「神」をテーマにした現俳協青年部勉強会で「秋人」をどう読むか問題になった。「シュウジン」とか「アキ、ヒト」という読みもあったことを一言しておく。
         
鉄分がたらぬ非公式の母の  五月病       存在は        拷問         脳の       跳 躍
             
 総じて、いわゆる難語を一切使わず言葉の運びを工夫し、造形的・視覚的工夫を凝らす、などにより読者のイメージを拡げる句があちこちにあって、そういう句を見つけるのが楽しかった。とくに右のような、「創句」的な句はそのまま楽しむことができた。
       *          *

  月と歩む男
             ――伊藤雪男句集『花の群落』――

  もの皆おちつくし冬の心とがれり        T10
  夕暮れを曳かるる犬がしぶとく地を臭ぐ     T11

 大正後期にはじまる自由律俳句作家雪男の作品は、生の無常観(  部)と強靱さ(  部)の取り合わせ構成に典型を見る。ただし当時の自由律ゆえに可能な言葉運びの滑らかさ、ないしは語り口のやわらかさにより二物衝撃的な印象は強くない。この時代の作品群から浮かび上がる雪男は生きていることの哀しみに対する鋭い感受性と、それはそれとして強く生きていこうとする意欲を兼ね備えている。

  するどき風の中に放たれた小鳥です         T14
  父の洋服着せられて稼ぎにでる           同

 大正末年となると作風は短律となり、右のような二方向的生の異相は混沌としてくる。ある種、晩年に見られる自在な境地を先取りすることになる。

  夕空の凧をおろす                 T15
  まずしさお釜が吹き出した             同

 「昭和Ⅰ」期に入ると、雪男の家族に注ぐ暖かな愛情が生活詠によく現れてくる。

  春夜の雪ふり子の絵本たんとある          S3
  涼しい風吹き入れてゐる夜の針箱          S4

 しかし一方で、

  夜更けた電車に女の眼がある            S5
  人造人間もしぐれて暮の街の同情週間        S6
  窓は雪降る退け時の金庫の扉            同
  暑さじりじりと山の電信柱             S7

の作品に見られる「女の眼」「人造人間」「金庫の扉」「電信柱」など、無機的な言葉使用からは、小市民的生活には安住できない近代的自我の孤独が見え隠れする。

  捨てるところに捨てて風吹く            S10
  人が通れば枯れ木に陽がさせば、道         同

 それが右の句に見られるように、昭和十年頃になると、生活と思想は〝等身大に生きる〟という一事に統合されていったように思う。これは生活の俳句でもなく、思想の俳句でもない。生きることと句作の一致と言ってもよいだろう。それは戦争という、一個人の生活や思想に有無を言わせぬ限界状況に立たされることと無縁ではなかろう。

  人体解剖の模型をウヰンドに師走の人がすたすたゆく    S13
  人のふところねらふ物売りのオドケ人形と枯木        同
  映写幕に海風の画面がどんどん筋を運んでゐる        S14

 題材は様々であるが、どの句にも戦争をギロリと凝視する鋭い眼がある。そして雪男のなかで抑圧された人間の不条理が物言いたげに、目立って作風が長律となるのも、この時期の特長である。

  心のどこかに硝子の破片、夕月が枯木に突き刺さってゐる  S13

 戦争が激しさを増し、敗戦、そして日本社会が戦後処理に追われた時期、雪男は黙る。それが戦後六年目に、第二の青春のように句作を再開することになる。

  風が水にさえ波立つ私の思想に春がしのびよる    S26
  青年長髪を梳き夜の花の美しさにおる        同

 雪男は、苦しかった戦中戦後の生活と「私の思想」の混乱を脱し、層雲事務室をも任されて、張りのある生き方を取り戻したのだろう。人間の「表」も「裏」も見えてくる齢。その中で、あの戦争とは一体何だったのか、反芻する姿が伺える。

  表があれば裏がある月夜を戻る           S27
  鶏頭いよいよ赤し再軍備のための一票という     同
  ざくろの花咲けば終戦直前に父の逝きしこのごろ   S28

 「再軍備」の句まで読み進んで来たとき、ご子息である伊藤完吾氏の左の代表句がすかさず私の脳裏に浮かんだ。父子二代に受け継がれた層雲自由律の血脈は太い。

  しらじらと朝は仮想の敵             伊藤 完吾
  死も美しと思う冬木に燃える落日です        S31
  人生が木の葉のような手の筋にある         S32
  戻るところに戻って冬日あまねし        S33

 こうして地に足のついた境地を獲得しつつ、この頃は再び短律傾向の句にその自在な境地を乗せてもいる。

  見えないおとが水音               同
  涼しさをからだにしている            同
  花のある人と人の距離              同

 昭和三十三年には井泉水賞を受けるのだが、それはそれとして、本句集の作品群を検討することによって、同年から三十五年にかけての時期が、作品的に見て雪男の最も重要な時期に当たることが了解できる。

  求心、水が渦巻く               S34
  鴉、漆黒の自己を主張する            S35
  花が深刻の色を発す               同
  心の壁に月さす                 同

 大正以来試みてきた雪男の、長短の句型・生活と思想、それらが止揚されて、この時期に噴出しているのだ。これらの句には雪男の求道性(スピリチュアリティ、精神性)が全開していることが明瞭である。そして、その頂点としてあの、

  愕然と月を失う                S35

が現れるのである。
 句材の提供はわれわれの日常いたるところに転がっている。この句がどういう状況でできたか、完吾氏から以前聞いたことがあった。しかし句にとって、題材や状況は必要条件ではあるが十分条件ではない。一句をものするために最も重要な要素は、作家の内面で機が熟すことなのだ。
 この一句の現れはけっして偶然ではなかった。雪男の人生・句作体験のトータルな文脈から必然的に現れたものであった。読者は、本句集からこのことをはっきりと知るだろう。
 ついでながら、俳句が小説のように一般の人たちに、自立した文学類型として認められるためには、まず単純に予備知識なしに「作品(句集)自体」から、作者あるいは句に立ち現れる主人公の個性(人生や思想云々)を引き出せるかどうかにかかっているのだと思う。これは俳句における私性に関する一つの問題である。
 そうした意味では、「私の句はあくまで自分のためのものだから、人さまに見ていただくようなものはない」(あとがき)と言って「句集出版に消極的であった」雪男の二千八百以上にも及ぶ膨大な句を選し、雪男の人生をいわば一個の私小説として浮かび上がらせた完吾氏の編集の力量をもわれわれは改めて知ることになるのである。
 この「月」の余韻は、その後ずっと雪男の句作の、あるいは思考のバックボーンになっていく。

  断崖、月をもようす              S36
  月が一つあることのしんじつ           同
  月がそっとおいてゆく幸福            S37
  議論言いつくし月がでている           S40

 そして、句集中最後の「月」の句は、次のニ句である。

  一歩もゆずらず月に直面する          S45
  言いたいだけ言わせておこう月に        S47(俳号 戸羽千之)

 これら句型は様々であるが、「月」に託して考え、語る――月とともに歩み、月に「照らし出された」雪男の足跡は鮮明である。

  非常階段建物の側面を青白く照らし出す      S48
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