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  祈る音にして火の音にしてかれえだ   木村月明花

 「(善悪の知識の木の実をアダムとイヴが食べた)その日、風の吹くころ、 主なる神が( エデンの)園の中を歩く音が聞こえてきた。アダムと女が、主なる神の顔を避けて、園の 木の間に隠れると・・・・」(創世記3.8)。

旧約聖書において、人間がはじめて罪を犯し(原罪)、 神を恐れるようになっていく象徴的表現である。

 「音」との関連で「聞く」ことについて言うと、日本では「百聞は一見に如かず」というが、ユダヤの伝統はその逆である。五感のうち、「聞く」 ことが最も大切で信頼に足ることと され、「見る」ことは最もあてにならないこととして軽視される。

手元の簡易コンコルダンスでも、「見る」約二十項目に対して、「聞く」は五十項目に上る。「イスラエルよ聞け・・・・」「しもべは聞 きます・・・・」という表現が繰り返される。

 掲句、枯れ枝がパチパチ燃える音 に祈りを聞いた作者の感性の鋭敏さに憧れる。
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