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  水がめの水あしたこそは酒になろう   平田 栄一

 新約聖書をご存じの向きならすぐおわかりのことと思う。ヨハネ福音書において、イエスが初めて奇跡を行ったという「カナの婚礼」からの発想である。

 「土」が弱さをもった人間性の象徴であるとすれば、「水」は弱さからくる人間の罪を清め、喜びをもたらすものの象徴と言える。

 とかく「山上の垂訓」(マタイ5章以下)に代表される峻厳なイメージを持たれがちなイエスだ が、母マリアや弟子たちと共に喜ばしい婚礼に招かれたイエスが、終始しかめ面をしていたとは思えない。

 「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた『水』が川となって流れ出るようになる。」(ヨハネ7.37,38)とのイエスの言葉も、「祭りが最も盛大に祝われた」日に語られている。
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