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  歩いている雲走っている雲そして止まっている雲  芹田 鳳車

 「見よ。わたしは濃い雲の中にあってあなたに臨む。」(出エジプト記19・9)

 聖書の世界では、雲は神出現のしるしと考えられている。ちなみにコンコルダンスでその雲の様子を調べてみると、「濃い雲」「厚い雲」「雲の柱」「天の雲」「輝く雲」「白い雲」など、雄大さ・明瞭性が強調されている。

掲句の「雲」のダイナミズムは、そうしたユダヤ一神教的超然性からキリスト教的人格神――地上に降りて人々とともに喜び、悲しみ、友として歩む神を思わせる。

 「『これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け。』という声が雲の中から聞こえた。」(マタイ福音書17・5)
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