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五 鑑三・トルストイ・朱鱗洞  

A:一般的な日本人にとって、キリスト教がかたくるしいイメージをもつようになったのはどうしてかな?

B:明治以降日本に入ってきたキリスト教は、おおむねアメリカのピューリタニズムの系統を引いている。

A:それで日本の教会は、禁欲的な雰囲気が強いわけか。

B:さらに、教育勅語への拝礼拒否で「不敬事件」を起こしたり、日露戦争反対などで有名になった無教会の内村鑑三の信仰は、儒教的・武士道的な要素が強かったし。

A:教会の内でも外でも倫理・道徳が前面にでてきやすい傾向があったということだね。

B:直接は言わなくても、クリスチャンとしての良心という言い方で、キリスト教に対する厳格な印象を世間に与えたことはたしかだね。
正宗白鳥などのように青年時代の一時期、内村に傾倒した文学者は多かったけど、けっきょくみんな彼のもとを離れていったのは、そういうキリスト教の厳しいイメージについていけなかったからだと思うよ。

A:そういえば野村朱鱗洞は夜間中学在学中にキリスト教信者になったけど、のちに教会から離れていったね。彼の場合も白鳥などと同じ理由なの?

B:朱鱗洞自身の書いた小品『安息日』によると、大正二、三年を境に教会から彼の足が遠のいている。
それは「トルストイの厳峻な理性的信仰」を知って、虚偽的・形式的な「教会の空気の不純さを慨嘆」したからだと言う。
多感な彼には礼拝を守っていれば救われているというような、教会の偽善的な雰囲気ががまんできなかったんだろうね。

A:トルストイの信仰ってのはどういうの?

B:隣人愛をつらぬくために、キリスト教からあらゆる神秘的な要素を剥ぎとって、怒ってはならない、姦淫してはならない、悪をもって悪に抵抗してはならないといった、「山上の垂訓」(マタイ伝五章以下参照)に代表される戒めを、そのまま守ろうとする極端な理性主義といっていい。

A:そうすると朱鱗洞の場合、白鳥とは逆に内面的な厳しさを自分から求め、己れに課していくために教会を離れた形だね。俳句だけでなく信仰生活に対しても、明治青年の実直さをつらぬこうとしたのかな。

B:近代以降日本人がもっている、キリスト教は厳しいという一般的なイメージは、内村鑑三とトルストイ、この二人によってつくられてきたところが大きいと思うよ。
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