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四 教会  

A:会社をやめた不安をどうやって乗り越えたの?

B:最初は心の支えを求めて、いろんな本をむさぼった。だけど独学には限界があるし、「今をどう生きるか?」という問いには、哲学は答えてくれないような気がしたんだ。―

A:それで宗教に魅かれていったというわけか。

B:学生時代は、ぼくも「宗教」というものに何かうさん臭い、独善的なイメージをもっていたし、必要も感じなかったから、西洋哲学なんかもキリスト教に関する部分は全部とばして読んでいたようなところがあった。

A:日本人がキリスト教につまずく原因はなんだろう?

B:いろいろあると思うけど・・・・たとえば、おもしろい調査があるよ。「イエス」「キリスト教」「教会」と並べて、日本の大学生にそれぞれに対する好感度を聞いたら、イエスはもっとも人気があって、教会はいちばん人気がなかったというんだ。

A:イエスというカリスマ的人物には魅力を感じるけど、組織化された宗教∥教会は嫌い、というわけか。

B:ぼくが最初にでかけた教会は、何といったらいいか、皆まじめで熱心で親切な人たちなんだな。

A:そりゃなによりじゃないか。

B:だから、礼拝に行かないと電話や手紙がきちゃうんだ。「どうしたんですか?」ってね。それから、禁酒禁煙は教会の規定にはないけど、飲まない人がほとんどだったし。

A:なるほど。たしかに日本のキリスト教はかたくるしくて、おしつけがましいイメージがあるね。ぼくらのような呑んべにはとてもついていけないや、ハハハハ。

B:普通の日本人、たとえば現代のサラリーマンが信仰を求めて教会に行った場合、福音の本質にたどりつくまえに表面的な道徳や倫理というレベルで、門前払いをくってしまう求道者は多いと思う。

明治以来のキリスト教が日本に根づかないのは、第一に日本人の生活や心情に合った信仰のもち方を無視した、教会や宣教の有り方に問題があるんじゃないかな。

しかし、さっきの調査結果からいっても、教会という組織を離れて、イエスの福音に接したいという日本人は意外と少なくないと思うよ。

A:ぼくは酒も好きだけど、落ち込んだときとか、よく聖書をめくったりする・・・・考えてみるとぼくなんかも、現代の隠れキリスト者?の気(け)があるのかな。
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