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一 オイルショック  

A:文学や詩にほとんど興味を示さなかった君が、なんで俳句、しかも世間ではあまり知られていない自由律俳句に魅かれていったの? 

B:恥ずかしながらおたがいに、学生時代にはまともに文学の話などした記憶がないものね。

A:いつも何かに追いまくられていたような気がする。

B:ぼくらが生まれたのは昭和三十年。高度成長に突入していった年だよね。テレビ・洗濯機など年毎に生活がどんどん便利になっていった。

A:それと俳句とどう関係があるのさ?

B:まあ待てよ。ともかく生活が目に見える形でどんどん豊かになっていくうちに、ひとつの思い違いをしていったんだ。

A:というと?

B:生活が良くなることは精神もそれにつれて豊かになることだと幼心に信じていた。だから社会の高度成長のスピードに乗り遅れまいとして、いい学校、大企業という出世コースをめざす、それが最高の幸福だと思い込んでしまった。

A:そのラインに乗ってないともう自分はダメだと思っちゃったり。

B:ところが例のオイルショックでそれまで順風満帆と思えていた人生航路が狂い始めたんだ。まず就職がままならない。このあたりから神がぼくに近づいてきたように思う。

A:なんだかおどろおどろしいなあ。勝手に向こうから近づいてくる神ってのは。

B:それは君が勧善懲悪的な神を想定しているからだよ。むずかしいことだけれど、どんな経験をしても、最終的には「凡てのこと相働きて益と」(ロマ書八の二十八)為し給う神ってのをやっぱりぼくは信じたいなあ。

A:ずいぶんお目出度い話にも聞こえるけど、正直いうとそういうふうにすべてを安心して任せられる神へのあこがれみたいなものがぼくの中にもある。

B:だから俳句をやるっていうのも、見方を変えればその人の俳句をとおしてだんだんと神がよしとし給う方へ導いていく過程なのだと思う。

ぼくらがつまずいたり喜んだりするそういう日常生活の中にこそ「神の国は近づいた」というイエスのメッセージ、つまり「福音」(「良きおとずれ」の意)が実現していくんじゃないかな。
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