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平田栄一求道俳句1986~7年発表作品  

1987年12月

力なく握り返す手に言葉が継げない

別れ来て最終列車待つ重さのない時間

時を飲み干した空徳利の四五本

ほろ酔いの下駄引っ掛けて出た夕映え

病み上がりの子に枇杷むく厨のくらい灯

1987.10

人生にも放物線がある 飛雲の緩やかなカーブ

時間切り刻む人間として小さな時計腕にもつ

1987.09

大樹深閑と夏を貫く

死んだ虫の名を尋ねるにあどけなく

何事もなく暮れて静かに街灯抜けゆく車窓

1987.08

埋め尽くせぬ言葉の溝に雲ひとつ浮く

厨春子の病み上がりの好物を煮る

手作りの絵葉書に綴られた新生活の抱負

1987.07

白いコーポ人待つらしいカーテンの灯がもれる

箪笥据えて片付かぬ十年を押し込む

酒盛りする桜のむこうに神の御座

高架線の開通間近に古い町並みが黙る

1987.06

手入れされた庭木の寒々と豪邸の表札

朽ちかけた木塀を背につまみ菜の芽ばえ

とりどりの弁当広げて春めく茣蓙の感触

1987.05

薬飲み残して癒えて小春日の身の軽さ

片言の理屈聞いている親子の長湯

子の熱下がらぬまま二日続きの雪しぐれ

どぶに成り下がった流れを彼岸花咲きつづけ

1987.04

病癒えてゆく夕日の輪郭がやさしい

もみくちゃな新聞のやる瀬なさが転げる終電

かわいた心に甍の痛いほどの小春日

1987.03

陽炎走者の一念に立つ

妻の寝言のはっきりと立ち入れぬ世界をもつ

1987.02

煎餅ほお張りもの言う教え子の言語感覚

それぞれの鳴き声貰うて秋を鳴く

1987.01

童話話す妻の声色古里の母に似る

切り出しにくい話に鉛筆何度も転がる

言い過ぎたあとの傘深くかたむける

軽やかに秋雨の涼陰に抱かれていく

一歩譲る度猫背になってゆく

1986年12月

水鏡に己れを捉えた金魚の顔

メスの下の私を見入るもう一人の私

1986.11

小さな拳が眠った妻の添い寝

ヨブ記繙く雨上りに残る雷鳴

1986.10

患者さんと娘に戻った看護婦さんの休日

よちよち児の歩く岩だたみの紛れもない年輪

1986.09

春昼のブランコ児の肩やわらかな

いとおしき児と聡き妻といて死思うてみる

1986.08

信仰などいらぬという涼しい目をしている

神を呼び神を疎ましく生きている
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category: 平田栄一求道詩歌(2)

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コメント

自句自解

>神を呼び神を疎ましく生きている   栄一
自分の俳句が最初に活字になった作品(旧「層雲」所収)。
無季自由律。作品の出来より、この当時1986年頃の思い-信仰上の葛藤をストレートに語っている点、自分にとって忘れられない句。

余白 #oBO5MkqQ | URL
2006/01/11 10:09 | edit

意識的信仰は重要か

>信仰などいらぬという涼しい目をしている(1986.08)
前句と同時期の習作。後年、
>無信者の信に鼓舞され聖母月(2004.10)
という句を作るが、その間18年。
意識的な信仰というものが、はたしてそれほど重要なものなのか、一貫して疑問を持っている。
このあたりは、サイトでもとくにプロテスタントの方に以前よく叩かれた問題なのだが。。。

余白 #oBO5MkqQ | URL
2006/01/12 09:12 | edit

幸せのなかで

>1986.09
春昼のブランコ児の肩やわらかな

いとおしき児と聡き妻といて死思うてみる

まだ長男しか生まれていなかった頃。
その幸福感のなかで、ふと「死を思う」のだった。
贅沢な話かもしれないが。。。

余白 #oBO5MkqQ | URL
2006/01/13 10:06 | edit

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