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井上神学は本物か?(読者より)  

>突然ですが 色々聞かせていただけたら嬉しいです。
また聞いていただけたら・嬉しいです。
風・前号から購読を始めたばかりです。

質問させてください、
初期段階の質問ですが、井上神父、遠藤周作氏が書かれたような信仰のあり方っていいますか、信仰生活で本当にイエス様は喜んでくださってる・とかんがえても構いませんか?<

余白;イエス様の福音はある意味で一つでしょうが、その表現の仕方には様々なバリエーションがあると考えます。
贖罪信仰を強調するパウロのような考えもありますが、おなじパウロには初穂理論もあります。

ヨハネ福音書には贖罪論はほとんど出てきませんね。
私たちは、日本人に合った福音の表現を求めているのです。
このあたりのことは、井上・山根共著「風のなかの想い」(日本キリスト教団出版)などをお読みいただければと思います。

>私は2年前にプロテスタントの教会で洗礼をうけたのですがけっこう、しんどい思いをしております。
遠藤周作氏の本を読んだりすることに牧師さんには、いい顔されませんが、氏の本を読んでると何かホッとします。先日、長崎の記念館へも行ってきました。<

余白;よくわかります。
その牧師さんには、彼なりの福音理解があって、井上神学や遠藤文学は本当のキリスト教ではないとお思いなのだと思います。

>私の思う事、欲することが悉く今の教会の教えから離れていてしんどいのです。
井上神父の書かれた本の中に、私は自分に都合の良い部分だけをみつけて、安心してるだけなのかどうか、解かりませんが酒、煙草についてだけにかぎってもホッとするのです。

今の教会で 常に 自分の信仰の足りなさを責められる思いに落ちる事に本当につかれています。<

余白;罪と罰を基本にした贖罪論や償い理論、身代わり論はたまた北森牧師の神の痛みの神学など、いろいろありますが、井上神父や遠藤文学から信仰に入った人は、日本人として無理をしない神学を求めているのです。

酒・煙草の問題はもちろん、信仰に入って不自由になったとしたら、
それはどこかで無理が生じているということです。

遠藤・井上神学が絶対だなどと私たちは思っていません。
ただ実際、西欧からの受け売り神学が絶対だと思い込んでいるキリスト者が多いなかで、あなたのように、苦しんでいる方が多いのも事実です。

イエス様の福音がすべての人に開かれているものならば、それぞれ自分に合った入り口があっていいはずです。
皆が同じ入り口から入らなければならないとは、思えないのです。

どうかあなたの上に神様の祝福がありますように。
(過去記事より)
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