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「余白の風」 第124号-11ページ  

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限界があると思います。
しかし貴女の場合は、幸いにも、お近くに、Y先生がいますね。
ぜひ彼について、聖書を読まれることをお勧めします。

RE:万梨:アドバイスありがとうございます!

最近、本当に、偶然に、運良くY先生の聖書勉強会に参加できることになったので、これからいい読み方が出来そうです。

RE:栄一:それはなによりです。
こちらも偶然、今出かけようと思ったところ。
Yさんにこれから会います。アッバミサへ。

[251] 誕生日:色鉛筆 5/28

わたしの生まれた日。
亡き母が、他人(ひと)の何百倍もの
痛みと傷とを体に刻んで
わたしに生命(いのち)を吹き込んだ日。
わたしのために自らの生命(いのち)を失う覚悟で
手術室に運ばれた日。
愚かな娘は半世紀を生きて、
やっと
母の人生最大の「痛みの日」と
己が誕生との一致を覚えた。
今日もわたしを覆う体の痛みは、
あの日の母の万分の一。
わたしの誕生日、夕刻のミサ。
母のあの日の痛みと、わたしの今の痛みとを
主の食卓に捧げ、
わたしは安らった。


RE:栄一:お誕生日おめでとうございます。
そして、お母様の「痛み」と貴女の「痛み」、すばらしい贈り物をアッバにお捧げしましたね。
私も苦しいときは、

①この苦しみはイエス様だけは誰よりもわかってくださっているのだなあ、
②この苦しみはアッバにお捧げするために課せられたのだなあ、
そう思うと、心安らぎます。

お大事にしてください。

RE:つぼみ:色鉛筆さんお誕生日おめでとうございます。
愛しいわが子を命がけでこの世に産んだお母様の気持ち大事ですね、母になって母の気持ちを本当に分かります、

[249] クレチマスの気持ち:つぼみ 5/27

小さな庭に植えられた
クレチマスの花が
細い絹のような雨に濡れて
赤紫の花の色を
色濃く染めて呼んでいる
教会の鐘がなれば
気持ちも安らぐ
行っていらっしゃい
お話してきてね
思うこと 悩み事
全部聞いてくれる
行く事が出来ないのなら
雨に濡れておいで
私が聞いてあげる
全部聞いてあげる
さあ おいで


RE:栄一:教会へ早朝ミサに行くと、年配者を中心に10人ほどが集まっています。

以前は、そういう人たちを見て、「えらい信仰熱心だなー」と単純に、感心ばかりしていたのですが、最近は、それはそうなんだけど、こうして、毎朝ごミサに来られる時間、体力、精神状態、はたまた家族関係があってのことなんだなあ、と「恵まれているんだなー」とも、思うようになったこの頃です。

RE:万梨:上手くこの気持ちを表現できませんがこの詩をよんで…魂に響いて涙がでました。

[242] 五十路突入!:色鉛筆 5/27

「美人薄命」の夢ついえ、
これからは
「美人長命」を証しする!(^0^;


本当に50歳というのは、40代の最後の歳か、50代の始まりの歳かと悪あがき・・。まあ、人さまから見れば、どうでも良いことですね。(号泣)

RE:栄一:若い頃は、40も50も同じー、なんて勝手に思っていましたが、いやいや、40半ばくらいからですかね。
この1歳の違いが大きいと思うようになりました。
49,50,51、、、1年の重さがひしひしと意識されるのであります(涙)。

これも「あがき」かもしれませんが。。。(笑)

[241] 木曜日 晴れ:万梨 5/26
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