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「余白の風」 第124号-10ページ  

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地面に落ちた
雨だれポターン
葉っぱの上に
雨だれポチャーン
水たまり
良く見てごらん
お日様の光で
七色に輝く
あまだれは
誰にも負けない
6月の色
地面に凍みて
清水になって
川を下って
大海原へ

ポターン
ポチャーン
ボチャーン


RE:栄一:聖歌「水のこころ」を思い出しました。
水は自在に様態を変えて、不平なく、低いところへ流れる。そして、すべてを清める。
その功績が認められて?また天に帰っていく。。。
考えさせられますね、水に。

[264] 祈り:俊 6/04

家路の間 赤信号に 南無アッバ

先日は、楽しい一時をありがとうございました。
多忙な私は、疲れた体で、車で帰宅をするのですが、その車中での時間と空間を利用して、祈りをすることがあるのです。

しかし、説教にもあったように、赤信号が青信号に変わって、祈りを中断することがあり、主への非礼を後ろめたく感ずることもしばしばでした。
ただ走るだけでなく、心にもブレーキをかけて、赤信号で一言『南無アッバ』ですね。

RE:栄一:こちらこそ、いろいろ話せて大変有意義でした。ありがとうございます。
「南無アッバ」のひとことの力は、これから後に続く私たちの課題のように思います。

祈りをこうして短く凝縮していくというのは、日本人には一番合っている仕事かもしれませんね。
俳句や短歌のように。。。。

[260] 調理実習:つぼみ 6/02

しんじゃがに遊ばれているこの私
利かず手にしんじゃがもたし皮をむく

今日はデイサービスの調理実習、
野菜とたわむれた半日です。

元主婦は悲しくもあり嬉しくも


RE:栄一:末尾の「嬉しくも」に救われます。
私には大きな障害はありませんが、老化とともに、物を落としたり、反射神経がめっきり衰えているこのごろ。
え~い、と開き直ることもしばしばです。

無理せず、一歩一歩いきましょう。

[256] 5月の終わり:万梨 5/31

五月往く濃厚な夜風とともに

五月はいろいろありました。
聖書を初めて手にしました。

RE:栄一:今日から夏ですね。こちら埼玉東北部は、かなり気温が上がりそうです。
「濃厚な夜風」が、春から夏への衣更えにピタリな表現ですね。

>五月はいろいろありました。
青春真っ直中、楽しいことも辛いこともいろいろありますね。

>聖書を初めて手にしました。
それはいいことです。が、聖書はどういう視点で読むか、というのがその後の求道にとても大きな影響を与える、というのが私の拙い経験の結論です。

RE:万梨:>聖書はどういう視点で読むか
うーん。初めは地図が載っていたので、どう読むものかとうろたえてしまいました。歴史書?哲学書?
いろんな読み方があるのですね。
まずは文学として読むことにしました。

RE:栄一:はい、ちょっと私の言い方が足りませんでした。
たとえば、日本人が新約聖書を「マタイ福音書」から読むと、たいてい奇跡や厳しいイエスの姿に「ついていけない」という感覚が先に立ってしまい、福音の喜びというものがぼやけてしまうのではないでしょうか。
旧約も手引き書なしでは、むずかしい。。。

ええ、まず文学として読むのはいいかもしれません。
いずれにしろ、何の手引きもなく聖書を読むのは
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