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「余白の風」 第124号-8ページ  

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[285] 雨 :つぼみ 6/15

雨上がり 水たまりから 帰る泣く

この句と言えるかどうか?
小学校4年の時の私の初めての句

RE:栄一:「蛙」かな? 子供らしいストレートな、かわいい句ですね。もちろん「句」になっていますよー♪

[282] 雨よフレフレ:万梨 6/14

梅雨晴や日記に続く余白あり

しばらく体調が悪くて寝込んでいました。久しぶりに日記帳を開くと、真っ白です!

RE:栄一:その「余白」がやけに輝いて見える、そして新しいページの匂いがする。。。何も書かれていない清清しさもありますね。

梅雨時の天候不順、お体、ご自愛ください。

[281] 恵み:末子 06/13

梅雨の音しきり
繁みの中に雀が
雀 よかったね


RE:栄一:まず形式、同字数の三行詩、S音「しきり」「繁み」「雀」「雀」リズムカルで心地いい。
そして内容、情景→雀→思い、と求心的な視点の移動が、自然に行われています。うまい詩です。

[279] ある神父さまの話:つぼみ 6/09
今は亡き神父様
交通事故で死の淵をさまよっても
神様はなかなか天国に入れてくれないといった
「お前はマダマダ駄目だよ、」と言われヘリコプターで帰って来たという
医者になって人助けを人の命を救いたいと言う
友人に、「人の命は短い物霊魂の医者になれよ」
と言うように
何人もの若い神父を作り上げた人
最後にお会いしたのはいつだったか?
「お~い昔のちびっこ!」と呼ばれたのがうれしかった。尊敬する神父様
尊敬します


RE:栄一:パウロの「キリストの体」を思いました。
肉体の医者、霊魂の医者、それぞれに役割が違う。
違うけれども、働きはいっしょ。すべて人々を救いに導くこと。
「医者」じゃなくても、わたしたち小さな者にも、それぞれに役割がある。

[277] 入梅の一句:万梨 6/08

ソラキタゾツユダツユダと騒ぐ樹ぞ

岡山は、今日の午後から入梅です。
ps:真面目だと言われて、とても嬉しい私は、ちょっと不真面目なのかもしれません(笑)

RE:栄一:こちらも今朝から雨、梅雨入り宣言が出るでしょう。
返句、

梅雨入りの雨全身にアッバアッバと祈る木々

ps:ストレートに「嬉しい」と思えることと、「ソラキタゾ」の句、どちらも素直な心が出ていますよ。

[275] 日本で:いう
(5/20聖霊のお話を友と聞く)

あこがれは天へ背伸びのはすの花
えりもとに注ぐ光の笑い声
ボタン一つはずして吹き込ませよみ風


(5/25群馬へ)

足元にすずめ飛び立つ麦の秋
麦の穂の波越えてゆくすずめかな


(5/26-28新潟)

「君がいき11年目のみずほかな」
夏の川いくは名前の変わる町


(5/29金沢)

親しんだなまり戻りて初夏の宴

(5/30小雨の湯涌温泉夢二館)

花菖蒲夢二の君の目に涙

(5/31兵庫へ)

欠くほどに注がれていて風光る

(関東へ)
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