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「余白の風」 第124号-7ページ  

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れる、そう信頼するのがキリスト信仰だと思っています。

NK:お母様を亡くしてまだ一年ぐらいでしょうか。誰しも簡単に「死」を肯定できるものではないと私は思います。私の母も「何でこの『私が』こんなかたちで苦しみ、死んでいかねばならないのか!」と叫んでいたことを思い出します。

11年も前の昔の話。やっと最近です、何となく静かに思い返すことができるようになったのは。(´△`)ゞ
(追伸)色鉛筆さんが引き続き、こちらに投稿してくださって嬉しい限り。(*・-・*)

RE:栄一:ああ、私も思い出してきました。
義母は肝臓がんの治療中、「もうたいがいにして、死なせてよ」と言いましたし、もっと、ずいぶん前(私が小学校3年の頃・・・つまり40年前)ですが、私の祖母は「いいかげん、殺してくれ」とまで言ったのを、今でも憶えています。

恐いことだと思うけど、恐ろしいと思うけど、それが人間の正直な姿じゃないのかな?
偉そうなことは、まだまだ言えませんが。。。義母も祖母も、辛抱強い昔の女・妻・母でした。それでも、死は容易なことではないのだと思います。
だからこそ、南無アッバ!私としては、死と復活を通られたイエス様にすがるほかありません。

[290] 雨もそれぞれ。:NK 6/16

幼子にゃ雨も楽しや回る傘

ああ。私にとって、雨は困るんですねぇ~。
車ナシ生活の我が家、チャリは欠かせません。そうでないと、思うように買物が...orz

本日も傘をさし、てくてくと買物にいったものの、
買いたい食材をいくつも我慢して、帰ってきたのでした。

明日天気になあれ♪

RE:栄一:現代人は、日頃天候に関わりないような-クーラー、暖房、車、、、等々使って生活していることが多い。
だから、こういうときは、しっかりアッバの作られた自然を、そういうものとして、受け取りましょうか。

アッバが主役、ぼくら脇役。。。
こういうとききこそ、----南無アッバ----

[289] 3句:淡丘 6/16

<我が弱さおいてほこらん>月見草

墓に触れ一燈となる蛍かな

青梅をハンマーで割るゆるされて


RE:栄一:1句目、「弱さに」としたら反対の意味になりますね。
2句目、すばらしい発見、発想です。
返句

蛍飛び生死の間を明滅する   栄一

3句目、人の営みは皆「ゆるされて」頂くのですね。

[286] 空の涙:yohannna 6/16

心無い うわさ話しに 涙する

学校の クラスの友に 憤る

子の涙 空も感じて 涙する


梅雨に入りました。今日の出来事を句にしてみました。学校から帰った子どもがクラスの子の心無い自分に関するうわさ話を聞いてしまって気にして涙目ではなしてくれました。前の席に座った二人が『00さんて・・だよね・・。みんな口では言わないけどそう思ってるわよ~』って会話を聞いてしまってはっきり聞こえたわけではないけれどあまりいい気持ちはしなかったし、気になる会話だったと・・。

私も思わず憤慨してしまったのですが・・・。
聞いた人の気持ちなど考えずにおしゃべりするもんだ・・と子どもながらキツイ話だと思ったもので・・。

RE:栄一:子供は、ときどき残酷ですよね。子供同士もあるでしょうし、ぼくみたいな仕事してると、これでもけっこう傷つきますわー。

昔小学校のとき、ぼくが同じように他の子に言われたとき、明治女のおばあちゃんが、すっごく激怒して、かばってくれたことを思い出しました。。。
恐くて優しいおばあちゃんでした。

お子様が慰められますように、---アッバ、アッバ、南無アッバ!---
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