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「余白の風」第124号-5ページ  

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ひらがなの多用が、一句の柔らかさを引き立てています。なすびをちぎらせてくれる農家の人の優しさが伝わってきますね。

しかしこの句、もし、漢字で書いたとしても、まったく難しい言葉がありません。こういうやさしい作風も自由律の特徴です。(06/06)

■「ふつうの俳句」とのちがい 

自由律俳句が「ふつう」じゃない、と言ったら、長年作っている方に怒られてしまうかもしれませんが、あえてこういういい方をしてみました。

 というのは、一般には「俳句」といえば、まず五七五という定型が基本で、季語が入っている(これを「有季定型」といいます)短い詩、というのが当たり前と思っている方が多いからです。

しかし、先日も、最近の「高校国語」の教科書を、同僚の先生に見せてもらったのですが、あります、あります、種田山頭火や尾崎放哉といった定番の自由律俳人の句が載っていました。もちろん、ちゃんと「俳句」の学習項目のなかにです。

 それがどうして、俳句といえば「有季定型」とハンで押したように思うようになったのか、それはたぶん、学校での「国語」教育の仕方かもしれません。

 つまり、「俳句」について学ぶとき先生は、まず「俳句というのは有季定型」の詩である。

 しかし例外として、有季ではない「無季」、定型ではない「自由律」の句も、稀にはある、とふうにして、山頭火や放哉の句を教えるだろうからです。(2006/06/15)
ルカ伝黙想
「豈」42号作品
             平田栄一
わが内に灯ともし頃や神無月   13:01-09
わけ理由聞かず蘆火に誘う人の村 11:5-13
黄泉に聞く励ましありやヒエロニモ10:13-16
紅葉する木とせぬ木の間花揺れて 12:39-48
雛を抱く鳥の目うるみ暮の秋   13:31ー35
眠られぬ夜も秋の点景とて    12:13-21
捨ててこそ拾う神なりそぞろ寒  13:1-9
秋霖の高鳴りしとき御血受く   11:29-32
使徒来たりまず欅から黄葉す   11:49
思春期の無口極まり十月尽    14:12-14
言霊を孕みて熱しからし種    13:18-21
黄葉に一線画し格納庫      12:49-53
現し身に付かず離れず秋の猫   10:25-37
暮れ易き車道を渡る神の人    11:37-41
霧になる人の面影主の祈り    11:1-4
休耕の畦あいまいに秋桜     12:1-7
寒灯やいよいよ昏き位置定む   11:5-13
眼前の刈田に史的イエスかな   10:1-9
神の指なぞる川辺に曼珠沙華   11:15-26
柿食みて不調をかこつ昼下がり  14:1,7-11

故遠藤周作氏の畏友・井上洋治神父から私が洗礼を受け、神父がキリスト教のインカルチュレーション(日本文化内開化)をめざして「風の家」を設立するまでの五年間―一九八一~八六年―が、受洗前とは違った意味で、私にとって大きな精神的試練の時期だった。

福音の恵みのなかにありながら、様々な迷いの連続――井上神父との出会い以降、私の信仰的歩みは、けっして直線的なものではなかった。当時の気持ちを思い起こすと、その迷いとはひと言でいえば、頭のなかで勝手に理想化したキリスト(教)者に自分自身が、ほど遠いことに対する煩悶であったように思う。

その最中、俳句に出会った。俳句に接したときの無条件の和みと、キリスト教に対する構え、この対照的な感覚はどこからくるのか、わからないままに『聖書』と『山頭火句集』を交互に読み、また祈る気持ちで自らも実作するようになっていった。

求道詩歌会員作品-292
[223]雨があがれば:つぼみ 5/23

ほーらみてごらん
寒い庭の隅に
ちじこまっているのはだーれ
雨にうたれて小さな桜草
泣かないで
私が付いていてあげる
元気を出して
雨が止めばお日様が出るわ
今年の冬は
さむかったでしょう
その分お日様は
暖かく貴方を照らしてくれる
もうすこしまって
雨が上がれば
花は咲くでしょう

―――――――――――――
今年の2月26日に庭のすみに桜草のつぼみを見て書いてみました。今の私は何も思いつかない、
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