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文学が宗教に  

挽いていると大きい氷の二つになると涼し   大越吾亦紅

昭和24年の作。
これも今は、見ない光景になりました。氷屋さん、30年代にはうちにも来ましたし、家族が熱を出せば、風呂敷をもって買いに行った。。。

大きなのこぎりで、氷を切ったとき、ふわっと湯気が立って、あたりが涼しくなる。

情景をそのまま詠ってはいるのですが、それが一句にまとまると、どこかにほっとした「救い」--日常に織り込まれている救いを感じるのです。

「日本人には文学が宗教の代替になってきた、、、」という言葉を思います。
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