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平田栄一求道俳句1995年全作品  

1995年12月

幾代の生死を孕む箪笥も僕も

詩の残滓否永遠(とわ)に焦がれる吐息です

1995.11

冷蔵庫はいつも造形的な息を吐く

雷鳴七つ のちの虹 のち広場

雪隠で俺、俺、俺を捻り出す

今夏よく降る我が家に国家に人生に

宇宙時間三時「モシモシ、今何してる?」

神隠し よく売れますね山頭火

1995.10

花絶えし花壇 忘却は罪ですか

屋上にカラス飼うOO外科三丁目九番地

雷鳴神の子人の子山頭火

1995.09

濡れたパンの耳のよう 故郷憎し

露払いの叫び荒れ野に男佇つ

朽ちぬ種蒔いて地球絶対零度

雨垂れが自動書記するイザヤ預言

書を捨てた男ひそかに雲を喰う

真っすぐな道真っすぐ来る山頭火

1995.08

君の道を行け君の星がついてくる

廃屋の壁に指文字 不惑の春を

1995.07

妻の夢に死んで俺復活する

道は何処、列島地下に黄砂降る

荒れ野で叫ぶ東回りの太陽だ

見よ、使者が来るバラバラの私を束ねるため

この世に遣わされたあの世の私です

死出の旅たとえば豆腐の上を往くような

1995.06

砂に埋もれた櫛が公園の日永

点滴夜を刻む生死回帰線

1995.05

荒れ野で滅ぼされる星の大部分

平成の竜頭 震災やらサリンやら

天を梳く火のブラシ 神は傍らに

食中花首(こうべ)を垂れ園芸店の秘話

込入った話に茶の間30Wのジョーク

雲を喰い尽くした植木屋の消息

天地に等身大のネガです原爆忌

便所で風呂場で叙事詩となる

浮浪者が消えた祭 風に読まれている

水がめの水あしたこそは酒になろう

祭壇へ蒼い肉 冬賛歌

陽を抱くカーテンがあり核家族であり

「神」という暗い文字の羅列

祈り続けて詩語になりきれぬ空

雷光 未来図にある記憶

復活する、しない、トランプ微笑

いたく妻ら風船飛ばす世紀末

1995.04

敗戦「てにをは」ひっくり返る五十年

あの世では蝶の欠けらが舞っていた

1995.03

美しい真顔で 空燃える

陽が匂う 凹凸のない記憶

狂人住むゲラサの墓の風涼し

老哲学者の放蕩 狭き門より

万象歳月を巻きつけて眠る

神がいて僕がいて 雲はやさしい

深淵が深淵に叫ぶ 雨の散文詩

屍に立ち現れたる神である

妻が吠える闇の 顔が小さくなる

まずは生きること死体置場はいっぱいです

微熱雨風力5マングローブを越えました

フーコーの振り子を銀河に吊すなど

限りなく微風 君、哲学をやりたまえ

天国の椅子取りゲームの椅子余る

菜の花畑ベートーベンが口開けた

夏至越えてバーコードの誤差縮まりぬ

1995.02

雨、雲、空、少女その性(さが)もてあます

神は沈黙 だから沈黙は愛かも

1995.01

反逆の家 占いと幻の日々つづく

もいだ心臓色づいてくるキッチン時計

夕べ鍵穴から預言者が出てゆく

夜半驟雨どこまでも螺旋階段

爆心へ人参ぶらさげ舞踏会

御声さやかに響くとき黙(もだ)すもの

煉獄篇フライトレコーダセットする
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コメント

復活の体

>夕べ鍵穴から預言者が出てゆく   1995.01

『俳句でキリスト教』にとりあげた自句。
復活体としてのイエスが、なんらか三次元的五感に訴えるものであったこと。また、生死の世界を自由に行き来する復活体、というのを表現しようとした。
過去に読んだ椎名麟三の回心記も頭にあった。

余白 #oBO5MkqQ | URL
2006/01/20 11:12 | edit

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