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天動説の信仰  

豊田・佐藤淡丘

地の底に伝ふものあり落葉踏む

絶妙や神の采配木の実落つ

松ぼくり落ちて片寄す坂の窪

水門の縁(へり)に住みゐる秋蛍

寒林へホキホキホキと身を細む


誠に拙い話になりますが、早朝四時起きの散歩が身につくと、まるで「天動説」という古代の宇宙観に無意識のうちに馴染んでいる自分を発見し、思わず苦笑してしまいます。

定点、定刻に観る外界の変化のさまは、正に全能の父なる神の大いなる御業そのものと思うからです。

南無アッバ、南無アッバ。


*「天動説」は今の科学では間違いですが、定点観測によって「神の御業」を示され、自分の小ささに気づく・・・信仰の観点から見れば、けっして間違った発想ではないように思います。
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