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この世の労苦は「種」  

名古屋・片岡惇子

主のうちに口を閉じれば菊香る

十月やロザリオの玉手に流る

秋冷や大いなる掌に私の生

秋冷や竹のロザリオなめらかに

一本の道示されて秋高し


九月中(なか)、外来診察、その日に肺炎で入院。

ややこしい肺炎で、一ヶ月余経っても治癒せず退院。

外来診察となりました。生かされた七十九年。

主は、どんな悪戯をなさろうとしているのでしょうか。

主の国に私の居場所を探して下さっているのでしょうか。


*わたしの母(九二歳)も、今特養にお世話になりつつ、度々入退院を繰り返しています。

しかし、私たちの信仰によれば、病苦を含めこの世の労苦は神の国で稔る(復活)ための「種」となるのです。
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