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要約・平田講座1(4)--100回記念特集  

つまり井上神学は、「イエス様は十字架にかかって復活した」というときの「十字架」や「復活」だけを強調するのではなく、お生まれになったときから、たとえ話も含めて、とくに、苦しんでいる人や病んでいる人に、どうやって接していたか、どういうまなざしをそそがれたかということを、重視していく、ということです。


その小さな、それぞれのたとえ話を聞かされた人や、イエス様が出会ったいろいろな人々がどのように救われていくか――そういう意味で言えば、イエス様は十字架にかかる前に、その人たちを救い、イエス様がその苦しんでいる人の身代りになった、という言い方もできると思います。

そこに小さな救いがある。いわば、大きな十字架と小さな十字架の二重写しになっている。


ですから、井上神父の本を読むと、一直線じゃなくて、いろいろな話の中に十字架があって、福音もある。

また違う話になると、そこにも小さな十字架を背負っている人がいて、それをまた助けるイエスがいる。

小さい十字架と復活を繰り返していって、最後に大きなイエス様のメインの十字架と救いが出てくる。

そういう構造になっています。

そういう意味では、どの本から読んでもかまわないと思います。


つづく
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