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14.五つの救済論  

このように復活を重視する井上神学を今度は、日本人へ向けた救済論という点から見ておきたいと思います。


神父は先に引用した論説「救いの神秘の表現について」(『風のなかの想い』七六頁以下)で、およそ次のように述べています。


まず、旧約ヤーウェ宗教を精神的背景として、イエスの死を「動物犠牲」と重ね合わせて理解しようとする「償い理論」は、「そのままでは現代日本の私たちにとって到底受け入れ難い」といいます。


次に、奴隷制度や捕虜の受けだしといった、主に古代ヘレニズム世界を精神的な背景に持っている「贖い理論」(「贖い」と訳されたギリシャ語リュトロンは「奴隷を買い戻すために払われる身代金」という意味)は、「現代日本の私たちにはやはり馴染みにくい理論といわざるをえないだろう」といいます。


また、法を重視するローマ社会を精神的背景とした「借金棒引き理論」(コロサイ二・一三~一四など)も、「私たちと神との間の関係が法律的用語で処理されていて、いまひとつ説得力に欠けているという感をまぬがれない」とします。


さらに、「キリストは、わたしたちのために呪いとなって、わたしたちを律法の呪いから贖い出してくださいました」(ガラティア三・一三)という言葉に端的に表現されている、いわゆるキリストの「身代わり理論」については、「律法の呪いとか支配とかいうことも、そのままでは到底私たちには実感としてとらえられず、この考え方も何か一つ力不足の感をまぬがれない」といいます。


「ただこの表現を、自我の肥大による自我呪縛のむなしさ、というふうに解釈するならば、次の『初穂理論』とあわせて、現代の私たちにも近づきやすい救済論への手がかりとはなるように思う」とも述べています。


以上のように井上神父は、新約聖書中にみられる様々な救済論を検討した上で、先に引用したカール・ラーナーのいう救いの


「原初的体験を、日本人の心情の凝結である日本語で表現していこうとするならば、やはり方向としては『償い理論』や『贖い理論』ではなく『初穂理論』へと向かうべきではないだろうか」


と結論づけています。


つづく
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