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8.イエスの全生涯を重視  

神父は「救いの神秘の表現について」という論説のなかで、次のように述べています。


「結論から先に言ってしまえば、〝私たちが神の御手に迎え入れられることができるようになったのは、ひとえに十字架の死をも含めたイエスの全生涯のおかげなのである〟‥‥。」

(『風のなかの想い』七七頁 傍点原文 傍線平田 以下引用文について同様*サイトでは省略)


この「結論」としての一文は、全体としてみればキリスト信仰として至極当然のことをいっています。

しかし先の「対談」における佐古氏との「ニュアンスの置き方」の違いを思い出しながら、傍点・傍線部分に注目して読み返してみます。

すると、傍点部「ひとえに」という言葉は、「十字架の死」よりも、(それをも含めたイエスの)「全生涯」に直結しているということに気づくのです。ここにこそ井上神父の強調点があるのです。


初期キリスト教の最大の伝道者パウロは、「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、‥‥キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと」(一コリント一五・三~四)だと、簡潔に述べています。

パウロの宣教は徹頭徹尾それだけです。面白いことに、というか、不思議なことに、生前のイエスが何処で誰に何を語り、どう対したか、というイエスの具体的な生涯についてはまったくといっていいほど触れていないのです。


この点ではパウロと対照的に、井上神父はイエスの「全生涯」にこだわります。

十字架や復活はあくまでも「キリストの救いの業の最終点」であって、それがすべてであるとは考えないのです。これは、神父の問題意識が、より多く人生の苦しみの解決に注がれているからでしょう。

わたしたちの人生の苦しみを共に担い、歩んでくださる方としてイエスを捉えたとき、どうしてもイエスが具体的に生きた「全生涯」を問題にせざるをえないわけです。


そしてこの姿勢は、福音書を通じてイエスの全生涯を心の鏡として見つめるという態度――前項で述べた「新約聖書は実践的指導書である」という読み方につながるものです。


「キリスト者にとって深い自己洞察に至る道は、やはり『イエスを見つめる』ということであり、イエスという鏡に自己の至らなさを映して眺める勇気と謙虚さを持つことであろうと思います。」

(『私の中のキリスト』二一三頁)


こうして、祈りやミサを通して「常に人間の同伴者として歩んでいるキリストが力強く現存しているというのがキリスト者の信仰である」(同二一六頁)といいます。


福音書は本来十字架の受難史であり、イエスの生涯はそこにいわば〝まえがき〟として添えられたもの(にすぎない)とまでいう神学者もいます。

たしかに福音書の構成は、時系列的に見れば、十字架と復活に向けて様々な伏線がはられ、集約されていく形をとっています。


しかし井上神父は、福音書におけるそのような十字架・復活へのベクトルと同時に、福音書に記されたイエスの全生涯の各場面、あらゆる部分に十字架と復活を見て取っているのではないかと、わたしは思うのです。

いわば、十字架を待たずに十字架を先取りし、復活を待たずに復活を見ている神学、そういう印象をどの著作からも受けるのです。

イエスの生涯の各部分を語りつつ十字架や復活も同時に語っているということです。こうした見方は、福音書がイエスと共に生き、十字架と復活による救いを目の当たりにした弟子たちの証言集であることを思えば、むしろ本来の趣旨にそっているものといえるのではないでしょうか。


さらに私見を述べさせていただければ、イエスによる救いに関して十字架と復活だけをあまりに強調して語ることは、教条主義的なキリスト教に陥る危険性が大きいのではないかと思うのです。

イエスの生涯・人となりを常に見つめ、イエスの人格からあふれ出る具体的な言動に触れることが、生き生きとしたキリスト信仰には欠かせないのではないでしょうか。

これは、原始キリスト教団のなかでイエスの生涯を語らないパウロ神学が隆盛してきたとき、マルコが最初の福音書を著そうとした動機とも一致します。


つづく
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