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2.聖書との出会い  

一九七四年春、わたしは慶応に進学しました。

入学式後の晴れわたった青空の下、日吉のキャンパスで上級生とおぼしき学生からギデオン協会発行の英和対照新約聖書をもらいました。

一冊の本としてわたしが聖書を手にしたのは、このときが初めてです。

それが今も手元に残っています。

すでに頁は黄ばんでいますが、丹念に読み込んだ形跡はありません。

その頃のわたしには、あの「人生の方向性」を聖書的なものから引き出そうという考えはなかったのでしょう。


一方でわたしは高校時代から音楽活動に熱中していました。

大学では民族音楽研究会に所属し、民謡からフォーク、ロック、ソウルまで、さまざまなジャンルの音楽に触れました。

サークルの練習曲の一つに、スティービーワンダーというアメリカの黒人歌手が六十年代にヒットさせた「ア・プレイス・イン・ザ・サン(A place in the sun)」という名曲がありました。

この盲目の歌手が希望に満ちて歌う「陽のあたる場所」とはどういう所なのだろうか、いわば青春の光と影のなかにあってわたしたちも繰り返し歌いながら、あれこれ想いめぐらすのでした。


一日の活動が終わるとそのまま友人の下宿に上がり込んで、夜どうし語り明かすこともしばしば。

音楽、恋愛、生き方等々話題は尽きません。

そうした友人の一人に、真面目で心優しく、いつも不器用な作り笑いを浮かべている、一級下の後輩M君がいました。

彼は一浪していたのでわたしと同じ歳でしたが、残念ながら英語の単位を二年続けて落としてしまったのです。

当時の言葉で「ノイローゼ」にかかっていたとも聞いていました。


彼が退学を余儀なくされた頃、何人かで彼の下宿に押しかけ、じっくり話し、そして飲みました。

自由に遊んで、適当に単位をとり、大企業に就職していこうとする学生が多いなかで、M君の生き方は対照的でした。


彼は法学部の学生でしたが、安下宿の本箱には哲学や宗教関係の書物が整然と並べられていました。

その中に、表紙が擦り切れた分厚い新旧約聖書があるのをわたしは見つけました。

もちろん彼が悶々とした生活のなかで、聖書だけに没頭していたわけではないでしょう。

しかし当時のわたしの頭のなかでは、M君の不器用な生き方と手ずれた聖書、それが短絡的に結びついてしまったのです。

聖書とは人をあらぬ方向へと導くもの、という恐れにも似た強い印象を持ちました。


が一方で、それほどまでに人生を変えてしまう本であるならば、もしかすると、わたしがずっと抱えてきた、あの「霧かかる無月の海」を前にしたような不安を解消してくれる「暖かきもの」がそこにあるかもしれない、そんな予感とも期待ともつかぬものがチラッと脳裏を過ったのも事実です。


井上洋治神父は、キリスト教に入信する前の学生時代、ある癩病院を訪れたときのことを次のように回顧しています。


「それは、なにか、私はゆるされている、という思いにも似たものでした。


内心びくびくしながらも、表面上は何でもなさそうに振舞い、たった一日だけ友人のように強いて行動しながら、翌日はほっとしたような思いで世間に帰ってゆく、そのようないわば偽善的な私をわかりながら、しかも、それでいいんだよ、とでも言っていてくださるような、あの年老いた病人のかたの姿でした。

そしてそれと関連して、ふっと私のあたまをかすめたものは、ガランとした病室のベッドの上に置かれていた、うみで頁もところどころくっついてしまっている聖書なのでした。


聖書とはいったい何が書いてある本なのだろうか、ろくに聖書に関する知識も持っていなかった私は、翌日、木洩れ日の美しい雑木林の中を、そんなことを考えながら歩いたのを今もはっきりと覚えています。


それが私の人生における聖書とのいわば初めての真の出会いであり、また同時に、私の人生をとらえ、私の人生を完全に変えてしまったイエス・キリストという人との出会いなのでした。」(『日本とイエスの顔』北洋選書版一三~一四頁)


若き井上青年の偽善に対する後ろめたさを十分知った上で、「それでいいんだよ」と暖かく包み込んでくれた「年老いた病人」。

学業に行きづまりながらも、微笑をたたえてわたしたちにやさしく接したM君。

時代と状況こそ異なりますが、あの「年老いた病人」が井上青年に抱かせた「聖書とはいったい何が書いてある本なのだろうか」という思いと、M君が私に与えた、聖書に対する「予感と期待」には共通するものがあるように思います。

しかし、わたしの場合この時点では、まだ「人生における聖書との真の出会い」とも「人生を完全に変えてしまったイエス・キリストという人との出会い」とも言えるものではありませんでした。


つづく(『心の琴線に触れるイエス』より)
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