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日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

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アッバ讃句コーナー(第10回)   

「風」第97号2014年夏・秋掲載

本コーナーも、今回は井上神父追悼特集としたいと思います。
たくさんのお悔やみや作品を頂きました。感謝申し上げます。
その中から佐藤淡丘さんの御文より――
「井上洋治神父さまが、お亡くなりになられました。とてもさみしい気分の毎日です。
「アッバ神学」の道にたどり着いたのも、俳誌「余白の風」とのであいが、きっかけです。この間、平田主宰より、井上神父の求道者的性格の強い文章に接し、正に孫弟子である私が、「南無アッバ」の実践と確信に至った、この十年を、今も不思議な想いでふり返っています。心からありがとうございました、と申し上げます。南無アッバ。 深悼」

以下、お寄せ頂いた追悼作品より紹介します(◎○選者推薦作)。

初蝶の美妙な距離を待ちわびる  佐藤淡丘(豊田)
○ぼんぼりや枝の先なる花の冷
糸桜と毛筆で書く机辺かな
囀りの上半分を眺めゐる
しみじみと仰ぐ桜よ歳足らふ

○さくらさくら天より届くエールかな  瀧野悦子(京都)
春召さる洋治神父にありがとう
南無アッバアッバよアッバよ南無アッバ今日も明日も南無南無アッバ

苺一つになって心は豊かなり  西川珪子(一宮)
○雛納め末期もここに飾りたし
白菜鍋二人がいいな一人言
咳込めば痛みし胸の冥さかな
風花や舞いつつ消ゆる人の逝き

木蓮やふと立ち止まり過去を見る  赤松久子(高知)
今をこそ生きてゐるらし白木蓮
想ひ出はアッバに捧げ今日生きる
文旦の香り目に沁み南無アッバ
師を偲ぶ季節となりぬ四旬節
○南無アッバ枕許には師の〝讃句〟
師のみ前感謝とともに百合捧ぐ

病棟で一期一会の分かち合い  フランシスカ井上(八王子)
検査待ち祈る時間を給わりて
満開を見下ろす異界から花見
◎南無アッバ教えし人の南無アッバ
逝く人へ桜を添えて南無アッバ

南無アッバ 南無アッバとて逝きましぬ  魚住るみ子(練馬)
○一途にも南無アッバの道みもとへとゆきたまひし跡われら従きゆく
汚染水もれ出づるにもすべの無くそれでも原発を続けますか

豌豆の花咲く忘れ伸びきりぬ  片岡惇子(名古屋)
春愁や鏡の中の我が素顔
主の遺言聖書を詠みし風光る
生きた水求め上りし雪の川
○復活の命の恵花吹雪
知ったから主の道探す春の泥

○春一番吹く風にのり師は天へ  宮坂佳子(横浜)

「風」よりの開いた手紙読み進み神父様が、と訃報を知る  横田晴美(入間)
温かき人柄が包むミサ思う懐しき声聞こゆ神父様
○わが苦難見抜いたように近づきて「駅までどうです、歩きませんか」
神父様ふいといかれた天国はどんなところでございましょうか
 
童心の道こそ命と喝破した井上洋治神父は逝けり  平田栄一(蓮田)
二十代失業中の吾にさえまともに対せし神父の悲愛
寄贈誌より
○風鈴のあの世この世の音となる  あざ蓉子「花組」
○波郷忌の二合の酒をあたためぬ  新堀邦司「日矢」
 ――アッバ讃句応募規定――
 井上神父の「アッバ讃句」にならい、皆さんの南無アッバの祈りを短い求道詩歌にしてお送りください。「風」読者であればどなたでも応募できます(無料)。「~~南無アッバ」という形のほか、俳句・短歌・川柳・自由律・一行詩などでもけっこうです。採否選者一任。投稿先=平田栄一

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