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日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

アンソロジー井上神父の言葉(2)井上洋治神父の言葉に出会う(39)第4部   

「風」第99号 2015年秋

〇日本語の信仰告白


神がイエスをよみがえらせ、高く挙げて主とした」という信仰宣言は、すっぽりとイエスがそのまま余白の次元に入り込み、生かされ、余白を吹き抜ける風と一体化し、生きとし生けるものの根底を吹き抜けることとなったということに他ならないのではないか。(『余白の旅――思索のあと』一九八〇年、二五六~二五七頁)


わたしがこの文を取り上げるのは、もう三度目になります。最初は、「風」五二号に発表した『風の薫り』についての書評。二度目は連載「井上神父の言葉に出会う」第一部(『心の琴線に触れるイエス』一二三頁)の本誌上です。

そして今回、連載の第四部「アンソロジー・井上洋治神父の言葉」として、前回取り上げた「南無アッバ」の由来に続けて、この部分を三たび取り上げさせていただくことにします。

その最大の理由は、わたしも含めて日本の人たちが井上神学=アッバ神学に、素手で触れたとき、まずどんなところに惹きつけられるのだろうか、その最大公約数的な要素を含む文章を取り上げたいと思ったからです。いや、神学などと大上段にかまえるのではなく、井上神父の文章のどこに惚れたのか、初心を思い出してみたのです。

するとそれは、キリスト教の内実を、いわゆるキリスト教用語を使わずに、井上神父自身が実感をもって正直に日本語で語った言葉だったから、ということに思い至ったのです。その典型が、「悲愛」であり「南無アッバ」であったわけです。

もちろん神父に出会った当時は、そんな理屈はまったくわかりませんでした。まったく直感的なものだったと思います。しかし、わたしだけでなく、井上神父の著作や人となりに接して共鳴した多くの人たちが、同じ経験をされているのではないでしょうか。その好例が、三度引用させてもらう右の言葉なのです。神父は、

「神がイエスをよみがえらせ、高く挙げて主とした」という信仰宣言――あるいは「・・・・三日目に死者のうちから復活し、天に昇って、全能の父である神の右の座に着き、・・・・」という使徒信条を、

<すっぽりとイエスがそのまま余白の次元に入り込み、生かされ、余白を吹き抜ける風と一体化し、生きとし生けるものの根底を吹き抜けることとなったということに他ならないのではないか。>

と喝破します。

仮にこの一文から「イエスが」という主語を抜かして読んでみれば、なおさら納得できるのですが、この日本語の文章をわたしたち日本人は、何の抵抗も無く自然に受け取ることができます。キリスト教が日本語になる、というのは、具体的にこういうことをさすのだと思います。

そして最大の問題は、この一文の主語である「イエス」を、どう日本人として理解し、受け取るか、ということです。井上神父や遠藤の一生をかけた苦心は、この問題に尽きるとも言えましょう。


〇理性知と体験知


<<について知る>>という、理性と概念による自然科学的なもののとらえ方、合理主義的な発想にあまりにも慣らされすぎてしまった現代の私たちは、ここで、日本文化が長いあいだたいせつにしてきた<<を知る>>というもののとらえ方を思い出し、<<について知る>>ことだけが唯一の知識であるという偏見を思いきって打ち破ることが必要であると思います。(『日本とイエスの顔』初版一九七六年、第一章 いのちとことば)


処女作『日本とイエスの顔』において井上神父はまず、ものを「知る」方法として、「~について知る」という概念、言葉による知と、「~を知る」という体験的な知とを区別します。

この区別は、神父が哲学を志すきっかけとなったベルクソンから学んだことですが、現代のわたしたちは前者=理性知に傾きすぎており、いまや、日本文化が長い間大切にしてきた「~を知る」体験知を思い出すべきである、といいます。

その上で、どんなに知識を蓄えても、そこへ向けて出発しようとしない限り、ほんとうの意味でものを知ることはできない、として右のように述べているのです。


〇体験的に知る


聖書、特に新約聖書が行為を要求する実践指導の書であり、私たちに永遠の生命への道を説きあかしてくれる書であるなら、一念発起してその教えに従おうと決意し、行為を起こさないかぎり、ほんとうの意味でイエスの教えをわかることはできないと思います。(同)


すでに十年以上も前になりますが、わたしが本連載「井上神父の言葉に出会う」を始めたとき、「序にかえて」のなかで引用した一文です。

井上神父は神学者や聖職者であるよりは、自らを「求道者」「宗教家」と位置づけていたのではないかと思います。それは自らが「ほんとうの意味でイエスの教えをわかること」をめざし、リジューのテレジアを手本に、イエスの弟子たらんと「一念発起」渡仏して以来、変わることのない行動的な姿勢から読み取ることができます。

ただ気を付けなければいけないのは、「行為を要求する」と神父が言うとき、その「行為」とは、いわゆる「行為義認」としての律法的な行為を意味しているのではない、ということです。つまり、これこれをしなければ、神に「義」=正しいと認められない、あるいは救いにあずかれない、ということではないのです。このあたりのことはすでに本連載第三部で、井上神父の使う「行為」という言葉を3種に分類し、「条件行為」「信仰行為」「応答行為」と名付けて関係を考えたところですが、ここで奨励されている「一念発起」して「その教えに従おうと決意し」起こさなければならない「行為」とは、「祈り」に代表される「信仰行為」だということです。

昔、神父と飲んでいて、「(井上)先生はなぜ、プロテスタントではなくカトリックになったのですか?」と質問したことがありました。そのとき井上神父が「カトリックには『行ぎょう』があるから」と答えたのを憶えています。いわずもがな、これは、プロテスタントには祈りがないなどと言いたいわけではありません。

では、「祈り」を「行」として捉える、とはどういうことか。次のように言っています。


自分が主である世界から従になる世界に転換するのには、どうしても〝行ぎょう〟ということが必要です。型に入るということはそういうことなのです。祈りにはいろいろなかたちがあるかもしれませんが、「祈り」というのも一つの行であります。(『人はなぜ生きるか』二七頁)


これもすでに、第三部で一度引用した言葉ですが、ここには救われる=「永遠のいのちをえる」ためにはどうすればいいか、が簡潔に述べられています。まず救いのためには①「主我的段階」から「逆主体的段階」への転換――自己相対化が必要であるということ、②そのためにはどうしても「行」が必要なこと、そして③「行」ずるということは「型に入る」ということ、この3点です。

「祈り」を「行」としてとらえるということは、まずその目的が「あちら(神=アッバ)が主」であり、「こちら(私)が従」である、と自覚することにある。そしてそのためには「行」という「型」に入ることが必要だというのです。

こうした祈り--行--型という捉え方から見えてくるのは第一に、「心のなかで祈る」という言い方とは対極にあるような祈り――実践的あるいは行動的、具体的な祈り、とでもいうべき類の祈りです。井上神父が「一念発起」して、フランスへ渡り、厳しいカルメル会の修行に身を投じた、というのは、その典型的な例と言えるでしょう。この意味では、「一念発起」――発心ほっしんから祈りが始まっているともいえるわけです。わたしたちはそこまでできないにしても、求道者、信仰者として実際に、家を出て、電車やバスに乗って、あるいは歩いてミサや礼拝に行く、というのも「行動的な祈り」の一部と言えましょう。

この「行動する祈り」という視点で、これまでのわたし自身の拙い求道生活を振り返ってみますと、面白いことに気づきます。いや、面白いというより、本来は反省すべきことなのかもしれませんが……。

わたしが井上神父から洗礼を受けたのは、一九八一年八月三十日です。その猛暑の日、洗礼に続いて、聖体、堅信、結婚の秘跡をいっしょに受けさせていただきました。もっとも結婚については、相手(つまり今の妻)が信者ではありませんでしたが。

わたしがどうして洗礼を決意したのか、については『すべてはアッバの御手に』(聖母文庫)などにも概略書きましたが、その前後のこととして今でもよく覚えていることがあります。それはたとえば、洗礼を受けたらミサに毎週行かなければいけないのか、とか献金や維持費はいくら払えばいいか、というようなことが気になっていた、ということです。「なんだ、そんなことか」と思うのは、それなりに信者生活に慣れた人の感想でしょう。

キリスト教、あるいはイエスにひかれて、洗礼を受けたいと思ったとき、意外にブレーキになるのが、まことに具体的なこうした信仰生活の「あるべき姿」のようなものなのです。加えて当時は、家族の反対というのもありました。そしてまさに、この「あるべき姿」が問題なのです。現に、わたしがカトリックだと知った周囲の反応はまず、「じゃあ、平田さんは、毎週教会に行ってるんですか(行ってるんですね)」というものです。「では、聖書を読んでいるんですか」というのも、たまにありますが、「神とはどういう方ですか」「イエスはどんな人ですか」というような質問は、まずありません。

要するに世間一般も、信者・求道者自身も、「信仰」というのは、生活のなかで日常とはちがう何か特別な非日常なことをする、というニュアンスをもって受け取っているのではないかと思うのです。なんらかの明示的な信仰を持っている人について、「あの人は宗教をやっている」という言い方もよき聞きます。生徒から「先生は、宗教をやってるんですか」と面と向かって言われると、なんとなく嫌な感じがします。それはたぶん、「宗教をやる」=「(普通じゃない、もっといえばまともじゃない)おかしなことをやっている」という風に思われているのだろうなあ、と感じるからだと思います。

しかし、井上神父が亡くなって1年半、神父が遺したこと、わたしたちに遺してくれたものを振り返る今、やはり最大のものは、「南無アッバ」の祈りの実践なのではないか、と改めて思うのです。確かに神父はたくさんの貴重な書き物や思い出を、わたしたちに遺してくれました。しかし、前に述べたように、晩年の神父は、


わたしは、いろいろな本を書かせてもらったけれど、今はこの祈り(南無アッバ)だけでいい。


と言っていました。極論のように聞こえますが、井上神父の思いとしても、自身の全求道生活が、この祈りに集約されているのだ、と納得していたからこその述懐なのでしょう。

本誌前号に掲載された藤原直達神父の言葉にも、次のようにあります。

<「アッバ、アッバ、南無アッバ」で最後まで貫かれた姿こそが、宝だと思います。井上神父様の「アッバ」に至るまでの書き物を、たとえ全部捨てても、最後の「アッバ」の称名には、大きな価値があるでしょう。>

前述したように、わたしは本連載第三部で、宗教的な「救い」と「行い」に関連して、井上神父の考える「行為」を三つに分類しました。すなわち、救われた者がそのことに応える「応答行為A」、救われるために必要となる「条件行為B」、そして祈りに代表される「信仰行為C」、という三つです(「風」第九一号四〇頁以下)。そして、井上神学=アッバ神学の特徴として、行為Cを幅広く解釈し、重視している、ということを指摘しました。

かつてのわたしは、井上神父から洗礼を受けた後も、ながらく行為Aと行為Bを混同して悩んでいました。それが、神父の「信じるという行為」という言い方に出会った時、その悩みや葛藤から解放されたのでした。


イエスが・・・・間違いなく私たちを見えない神の御手の中につれていってくださる方であることを信じるという行為が要求されるのだとも説明しているわけです。(『人はなぜ生きるか』一三三頁)


すなわち、わたしたちが「一念発起してイエスの教えに従おうと決意し、起こさなければいけない行為」とは、井上神父にとっては、端的に「信じるという行為」であり、その内実は第一に「祈り」の実践ということなのです。

それまでのわたしは、信じることと(信)と行うこと(行)とを、無意識に二項対立的なものと思い込んでいたのでした。ですから自分の、いつまでも「善い行いの伴わない信仰」ということに焦り、悩んでいたのだと思います。受洗後四、五年経った頃だと思いますが、井上神父に尋ねたことがあります。

「先生、僕は洗礼を授けてもらったのに、何も変わっていないように思うんですが・・・・。」

すると神父は即、

君ね、ほんとうに変わったか変わってないかは、神様の目から見なければ、わかるものじゃないじゃないか。そういうのは傲慢だ!
と、わたしを一喝したのでした。

当時、「南無アッバ」という具体的な祈りは、まだ井上神父の口からは出ていなかったわけですが、その境地――アッバと呼べる主におまかせ!という求道の目標について、わたしはまだ十分に思いをいたすことができないでいたのでした。

右の「信即行」「祈り=行い」とでもいうような、神父の求道性に接したとき、信か行かで分裂していたわたしの心は、ともかくも目標とする「着地点」のようなものが、おぼろにも見えてくるような気がしました。こうして、キリスト教でいう「愛」といわれるものも、積極的に前に出ていく「為す愛」に対して、「為さざる愛」というものもあるのだなあ、とわかってきたのでした。井上神父がいう「悲愛」は、まさに後者の「実践」――祈りの実践を最優先することを意味していたのだと思います。

そして自身も臨終間際まで、「南無アッバ」の祈りを実践しつつ天に召されたのでした。


〇どう祈るか
これも受洗の前の話ですが、井上神父に具体的にどう祈りを実践したらいいのか、聞いたことがありました。すると神父は、奥村一郎神父の書いた『祈り』という本を推薦しつつ、


たとえば、月に何回かミサに行くとか、聖書を毎日何ページとか決めて読めばいい。


と、まことに簡潔に答えてくれました。

また、受洗後しばらくはロザリオの祈りを熱心に唱えていた時期があったのですが、これについても、「先生、最近はロザリオをよく祈っているのですが、これを続けていれば何か見えてきますか?」と質問すると、井上神父は、


うん。十年続けていれば、見えてくるものがある。つまり、何も見えなくてもいいのだ、ということが見えてくる。


と答えたものでした。

これなども、当時は何か狐につままれたように感じたのですが、今振り返れば、何らかの境地に自分が達しようなどという不遜な思いを捨てて、自らの思いをもアッバにお任せせよ、「南無アッバ」せよ、という教えだったのだと思います。


〇父なしには落ちない


ちょうど私たちが飛んでも泣いても笑っても、この大きな大地の外に出ることがないように、私たちは大地のように大きな暖かな神の掌の中で生き育っているのだというやすらぎと勇気と希望、それこそイエスが死を賭けて伝えようとしたものだと思います。(『日本とイエスの顔』第二章 聖書を読むにあたって)


この一文は、『マタイによる福音書』の次の言葉を彷彿とさせます。

<二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。>(一〇章二九節、新共同訳)

しかし、新約聖書学の佐藤研氏は、この聖句を次のように訳出しています。

<二羽の雀は一アサリオンで売られているではないか。しかしその中の一羽すらも、あなたたちの父なしに地上に落ちることはない。>(岩波訳)

ギリシア語聖書(ネストレ第二七版)を見ると、新共同訳で「父のお許しがなければ」に当たる箇所は、「アネウ トゥー パトロス」となっており、「お許し」に相当する言葉は見当たりません。つまり、直訳としては「父なしに」が正しい。佐藤氏は、岩波訳の当該聖句の傍注で、次のように述べています。

<すなわち、地に落ちる時は神が支えてくれる、の意。「父なしに」をほとんどすべての訳は「父のお許しがなければ」(新共同訳)などに敷衍しているが、あらずもがなである。思想的には、一23の「インマヌエル」、二八20の「共にいる」参照。>(傍点原文)

新共同訳以外にも、現在日本に一般に流布している口語訳や新改訳、フランシスコ会訳も、「父の許し」と敷衍しています。

井上神父は生前、「翻訳というのは一種の創作である」というような指摘をされていましたが、なぜ多くの訳が原語にない「父の許し」という敷衍をしたのか。なぜ素直に直訳して「父なしに」としなかったのか。わたしは翻訳やギリシア語の専門家ではありませんので軽々なことは言えませんが、志村真氏(中部学院大学短期大学部)によれば、日本語聖書の「父の許し」翻訳は、アメリカで長い間使われた『改訂標準訳(RSV、1952年)』の影響が大きいといいます。

翻訳のプロが先人の訳を参考にすることは、当然のことでしょう。また、その言葉が置かれた文脈――前後関係にそって翻訳するというのも当たり前のことだと思います。さらに、マタイの神学、新約聖書の神学の理解・受け止め方・・・・と行けば、やはりそこには井上神父が言ったように、「翻訳は一種の創作」といった要素が、当然入ってくるものなのだと思います。ということは、創作的要素が全く入らない翻訳というものはありえない、ということになりましょう。

とすると問題は、原著者の意図をどのように反映した訳にするか、ということになると思います。右の例をうがって見れば、最初に「父のお許し」と訳した人は、父=神が、生きとし生けるものの運命を決定していく主体である、という神観を持っていたことは間違いないでしょう。しかし、人生の主役があちらにある、というのならば、井上神父の主張も同じです。

それよりも問題なのは、この訳の場合、「お許し」を出す「父」アッバが、あたかも生死の門に立つ閻魔大王のように、わたしたちの人生の外に立って第三者的に、生死の許可を出している、という印象を与えることにあるのだと思います。この「父」は人生の「審判者」であって、「同伴者」ではないのです。つまり、アッバたる神の「悲愛」で最も大切な「共に」が抜け落ちているということです。(つづく)

category: 連載「井上神父の言葉に出会う」

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