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日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

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日本人の心の琴線にふれるイエスの顔を求め、福音を生きるための求道俳句誌「余白の風」第203号-2013年7月発行  

会員作品とエッセイ(*主宰コメント)
佐藤淡丘(豊田)
雲切れて夏のつばめは天のもの
明易し魚跳ねてより水平ら
立葵ある晴れた日の君なりき
薫風をお盆にのせて運びくる
聖水の頭に染みゐたり樟若葉

   青空
 ここはプロテスタントの教会。聖霊降臨の日、一人の青年が洗礼の恵みをうけた。
 毎水曜日の夜、牧師を囲んでの祈祷会に彼がひょっこり現れて約一年。自動車会社の開発技術員という。多忙な職場にもめげず熱心に通い続けた。
 受洗式のパーテイの席上、彼は言った。「私は行き詰まったとか、病に罹ったから教会に救いを求めたのではありません。イエス・キリストというお方を知りたかったのです。」と顔を真っ直ぐに上げて、男らしく語ったのが印象的でした。私の所属しているカトリック教会は、ここ四、五年若者の受洗がひとりもありません。なんと言いましょうか。新鮮な一日でありました。南無アッバ。

*少子化の時代、若者がイエス様を慕って教会へ来るのは貴重なこと。しかしアッバの導きに年齢は無関係。ルカ伝のシメオンやアンナ、ヨハネ伝のニコデモなど、神様の網は疎にして漏らさず。

瀧野悦子(京都)
父の日のなにはともあれ南無アッバ
梁太き堂のイエスや梅雨深む
団欒の真中にアッバ夏の夜
十薬の花の白さよ南無アッバ
南無アッバいのちふくらむめだかの子

*句作再開の由。詠みたい時が詠み時。アッバの促しを抑えることはできません。ちなみに私は日々の祈りとして、新約聖書一章の黙想と求道俳句一句作を自らに課しています。

塚田明人(坂城)
亡き母が愛でて育てし赤ツツジ今年も庭でそっと見守る
明日のこと心配いらぬまかせよと兄なるイエス我が肩たたく
天の慈父乏しき汝をも抱きしめて御霊を注ぎ汝を導く
何事も思い悩まず懇ろに主と語りつつ御国へ歩まむ

*カラー版の「イエスの小さき花通信」を楽しみにしています。母を思う歌、見事な絵画、そして水野源三さんの詩の紹介等々、手作りの温もりと励ましを頂いています。

赤松久子(高知)
アッバの目背に感じつつ床を拭く
歩けなくなる日の予感南無アッバ
通院が仕事となりし夏日かな
ヘルパーは愛犬の死に耐へてをり
山桃やいつしか馴れし土佐ことば

*老いの不安やヘルパーさんとの交流の中で、しっかりとわが道を生きておられる久子さんの姿が、御作に反映しています。あたたかな「アッバの目」をいつも感じていたいものです。

井口萬里子(三浦)
時を超え神父の声がキリストの声に聞こゆる漁りの浜
洞窟に祈る老婆のつぶやきがミサ黙祷の合間に聞こゆ
跪くペトロにイエスの指す行手彫像影絵の湖のさざなみ

*アッバの思い、イエスの御心はどのように伝わっていくのでしょう。「神父」や「老婆」や「ペトロ」あるいは自然――いずれも日常のありふれた出来事をとおして。そして罪深い私たち自身をも通して。

魚住るみ子(練馬)
北国へ赴任の君へ毛糸の手袋風邪ひきたまふな南無アッバ
南無アッバうすづく空の水浅黄西より茜明日をのぞ希まむ

*遠い地へ「君」を見送る心――寂しさ、心配、思いやり。しかし今見上げる「茜」の「空」は、遠くにいる「君」の上にも続いているのだ。そう思うときのアッバのまなざし。

片岡惇子(名古屋)
母の日や遺影の母の鼻動く
天国の門見つからず蝶遊ぶ
雨模様紫陽花の芽に時動く
理不尽な悲しみ背負い蝸牛
十薬の闇深まりて白くなり

*①「鼻動く」②「蝶遊ぶ」③「時動く」など、動きのある御作が揃う。①亡くなられたお母様はいたずら好きか(笑)。新鮮な表現。②「天国の門」が「見つからず」焦るのではなく、探す過程を楽しむがごとき「蝶」には、余裕がある。
 
平田栄一(蓮田)
信ありて罪は赦さる春の闇
憎らしき彼も神の子春愁い
聖櫃の開け放たれし聖土曜

寄贈誌より
『驢馬』・佃里美
小学生青田の風を描いてをり
隅田川祖父泳ぎたる震災忌
「日矢」五八〇号・新堀邦司
母泣くやバラの花束胸に抱き
初孫と仰ぎて今日の桜かな

*新刊『武と愛の人 新島八重の生涯』(里文出版、一六〇〇円+税)は、八重とキリスト教の出会いが語られ、興味深い力作。ぜひ御一読を。お子様の御結婚やお孫さんのご誕生など、益々ご活躍の邦司兄。

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