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日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

南無アッバの集い&平田講座(第26回)要約:「余白の風」第201号掲載  

2012・7・28=テキスト『心の琴線に触れるイエス』

前回は、日本的に救いの「表現」を考えるということで、言葉や翻訳の問題から遠藤周作さんや三浦綾子さんを紹介しました。

p・38
遠藤さんは、「六十歳の男」(新潮文庫『夫婦の一日』所収――解説は井上神父)というエッセイの中で、四十代半ばで書いた『イエスの生涯』を書き直さなければならないと、言っています。大作『侍』(一九八〇年)を書き上げた後の発言ですが、これも最近新潮文庫で再読しました。これからの日本のキリスト教を考えるとき、いろいろなヒントがちりばめられていると、改めて感動しました。

遠藤さん自身が「この小説は僕の私小説みたいなものなんだよ。・・・・現在の僕の心境は、長谷倉の生き方、死に方の中に投影している」(解説「波」一九八〇年四月より)といっています。
今日は遠藤講座ではないのですが(笑)、日本のキリスト教を考える上で参考になりそうな言葉を、いくつか紹介します。

侍と旅を共にする宣教師ベラスコの言葉、「日本人は奇跡や業(ごう)の話には心惹かれるが、キリスト教の本質である復活やすべてを犠牲にする愛について語ると、途端に興ざめた顔をする。」(一一四頁)――「奇跡」というのはご利益信仰へ、また「業」というのは因果応報的発想につながるかもしれません。

情熱的なベラスコに侍と同行した松木という同郷者が言います、「仕方がないではないか。俺は日本に育ち、・・・・日本は烈しきことを好まぬ。俺にはベラスコ殿のような方は奇怪にさえ見える。」(一二二頁)――感性の違いでしょうが、この「烈しきことを好まぬ」というのはよくわかる気がします。

かつて、私が井上神父に出会う前、一九八〇年だったと思いますが、東京の後楽園球場で「ビリーグラハム大会」というのがありました。当時あちこちの教会を巡って求道を続けており、プロテスタントのどこかの教会で聞いて、私もその大会に出かけていったのでした。

たくさんの人が来ていて、それだけでも圧倒されましたが、球場の真ん中に据えられた舞台から、通訳を通して朗々と語りかけるビリーグラハム氏の姿――「大衆伝道」のすごさを目の当たりにしました。

ふと隣に座っている母娘連れを見ると、話の中で引用されている聖書箇所を熱心にチェックしていました。そして、「聖書の言葉と違う・・・・」とか二人の会話が聞こえてくるのです。「そりゃそうでしょ。英語聖書から通訳が翻訳して伝えているんだし、第一翻訳された聖書だって日本語も英語も何種類もあるんだから・・・」などと、つっこみを入れたくなったのを憶えています。

最後に、氏が「さあ皆さん! 私は罪を悔い改めて、神様の愛に身をゆだねますと、いま決心された方は、どうぞ前に出てきてください。さあどうぞ」というのです。そして、観客席のあちこちから、次々と人々が前に出て行きます。先ほどの親子も連れ立って降りて行きました。私にはとてもそんな勇気はありません。がらがらになった観客席で私は、自分だけが取り残されたような寂しさと、しかしこれは何かが違うのではないか、という割り切れなさを感じたのでした。

こうしてその時のことをいろいろ思い返してみますと、欧米からの直輸入ではない、「日本人の心の琴線に触れる」キリスト教というのを私なりに意識しだしたのは、この頃からだったように思います。

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