「南無アッバ」を生きる ホーム » 求道詩歌誌「余白の風」 »第201号-2013年3月発行*日本人の心の琴線にふれるイエスの顔を求め、福音を生きる

日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

第201号-2013年3月発行*日本人の心の琴線にふれるイエスの顔を求め、福音を生きる  

会員作品とエッセイ(*主宰コメント)

稲城  石川れい子
ホスピスの友と歌へる聖夜かな
初春やホスピスに居る誕生日
ありがとう握る友の手暖かし
生誕も帰天も睦月神の時

主宰『求道俳句集』選
祈らずにおれぬ祈りや春の虹  栄一
わが内の毒麦焼ける野火の色
十字架を仰げる位置に雛飾る

*介護や見取り、同時にお孫さんのご誕生で、生死一如の貴重な経験をされた由。今、イエス様のご生誕から受難を経て、復活へとつながるご生涯を共に黙想しましょう。


練馬  魚住るみ子
「内容の濃き時間」とふ重み老い深む身に賜へかし南無アッバ
友おも念ひ繰るロザリオや日脚伸ぶ

*「老い深む」程、心身の「重み」が押し寄せる。しかし同時に、一日一日がかけがえのない「濃き時間」として、過去の思い出とともに沈潜していく。


長崎  片岡惇子
冬の日や隣人遠く迷いをり
闇ありて光見つけし沈丁花
大根の苦味残りてルカ四章
雛の日に生まれ遺影の母生きる

*「闇」があるから「光」が、「苦味」があるから旨みが、死があるから「生」が引き立つ。その事実・真実に、「南無アッバ」と素直に言える日を待つ。


甲斐  小林昌子
名曲の月の砂漠よ哀しかりはるばる遠き寒のみ空に

*長調より短調が人生の基調と思う日本人は多いのではないでしょうか。しかしその「哀しみ」こそが逆説的に「喜び」となる所に、「十字架」が立っている。

豊田  佐藤淡丘
われありと思ふ白息吐くほどに
しぐれてはひとりのほかはなかりけり
霜柱微光さしこむ是非もなし

人生の目的は神を知ることにある(内村鑑三語録集より)。これは私の最も好きな言葉です。〝南無アッバ〟の祈りを教えて下さった、井上洋治神父様のご本、「日本とイエスの顔」の中で述べられているように、《について知る》という、神のとらえ方ではなく、《を知る》といふ、イエスの教えを真に理解するためには、その実相を体験的にとらえなくてはならない、といふくだりを反芻しながら、今日も大自然の真っ只中に身をおき、〝南無アッバ〟を三唱しています。感謝。

*トルコ―エジプトの旅は如何でしたか? 退職後も大変アクティブに活動されていますね。井上神父も、右の《について》と《を》に関し、ガイドブックと実際の旅のたとえを取り上げています。

坂城  塚田明人
深い闇光差し来ぬ海底であえぎ歩めど守られて今
死にたいと嘆く友より「菊の花美しきかな」と文に涙す
大腸の検査室にも主いますなり痛みも恐れも消えてなくなる

 過ぎし日の苦しみと、主の助けを思いおこしつつ作ってみました。季語や自然の姿をなかなか使えませんが、ボチボチやりたいと思います。

*キリスト信仰には〝苦しみの神秘〟という発想があります。それを体験するとき、主の「十字架の逆説」の意味が、おぼろに見えてくるのでしょう。苦しみにおける連帯――南無アッバ。


一宮  西川珪子
傍らに人ゐて雪の温かく
人生とは木枯に舞ふ落葉かな
咳込めば無数の棘の動く胸
どんど焼善男善女の声高く

*お正月に体調を崩された由。その後いかがでしょうか。しかし、周りの方の温かさを感じられたとも。「遠い親戚より近くの他人」ともいいます。お大事に。


高知  赤松久子
雪の坂犬の瞳にいたはられ
電線を揺らして遊ぶ寒鴉
日脚伸びめぐる月日や南無アッバ
真顔にて歩み行く猫春浅し

*「犬」や「鴉」や「猫」にも「いたはられる」うれしさ。お正月には、お姑さんから受け継いだ味のお雑煮を、やさしい娘さんが届けてくださった由。どうぞお元気で。


三浦  井口萬里子
国々の言葉違へど響き合ひガリラヤ湖上に讃美歌流る
自然木組み合はせたる十字架の思ひは深しガリラヤの浜

*旅行詠二首。①言葉は通じなくても「響き合う」心――大事なものは目に見えず、頭の理解を超えている。②「十字架」の悲惨と、ガリラヤの「自然」の中に憩うがごときそれとの逆説。


蓮田  平田栄一
福音の聴聞聴従冬麗
恨み言ひとつも言わず死んでゆくタマは偉いとつくづく思う


寄贈誌より

「日矢」五七七号        新堀邦司
良寛に分けてやりたき落葉かな
聖夜劇ヨセフの台詞少なかり
家族への感謝を書いて日記果つ

*①良寛さんならこの「落葉」一枚に、私たちよりもっともっと詩を、そしてアッバの心を見つけてくれるかも。②目の付け所がすばらしい。「男は黙って・・・・」少ない言葉に盛り込まれた思いが偲ばれる。

 
二水会『驢馬』カトリック六甲教会  十河韶子
今日よりも明るき明日チュウリップ
もう一度そっと覗いて チュウリップ

―――――「余白の風」入会案内―――――
*どなたでも参加できます。*年六回奇数月一〇日発行*投稿は原稿用紙使用。採否主宰一任*締切=偶数月十日

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